夏ぶりの貴方。逢瀬がひと夏の思い出になってしまわないかハラハラ。 覚えていてもらえて嬉しかったです。 世界中を飛び回って仕事をするのに、どこか自信なさげに、ふわふわ浮いて見えます。 どうか変わらず貴方のままでいてください。 普段はあまり飲まないジャンキーなお味? でもみかんもぶどうも大好きなフルーツではあります?炭酸にも慣れはあるのでしょうか? ----- ??愛嬌があって論理的な思考ができる人ってほんとに最強 優しい支配力。愛嬌がある人は得をする。 論理的な人は正しい。でもその両方を持つ人間は??なぜかほとんどいない。 考えてみると不思議だ。愛嬌と論理は鍛える場所が違う。 愛嬌は相手を見る力だ。この人は今何を感じているか。どんな言葉なら心が開くか。それを瞬時に読んで自然に動ける?それは高度な他者への感度だ。 論理は構造を見る力だ。感情に流されず前提を疑い、矛盾を見つけ、筋道を立てる。それは世界への冷静な解像度だ。 人はたいていどちらかに偏る。感じすぎて考えが甘くなる。考えすぎて届け方を忘れる。 アリストテレスは説得には三つの柱があると言った。ロゴス、エトス、パトス。 ロゴスは論理だ。筋道が通っているか。前提は正しいか。結論は導けるか。これが崩れると話はただの感情論になる。 エトスは信頼だ。語る人間そのものへの信用。 どれだけ正しいことを言っても、信頼されていない人間の言葉は空気を震わせるだけで誰の胸にも届かない。 パトスは感情だ。人間は感情が動いたときにしか本当には動かない。データを見て泣く人はいない。物語を見て泣く。論理は理解させるが感情は人を動かす。 アリストテレスがこれを書いたのは2400年前のことだ。 それだけの時間が経っても、人間の説得の構造は何も変わっていない。 面白いのは、この三つが、それぞれ別の人間に宿りやすいことだ。ロゴスに長けた人間は、正確だが冷たく見える。 パトスに長けた人間は、熱いが信用されにくい。 エトスに長けた人間は、慕われるが中身が薄いと看破される。 どれかひとつでは必ず穴が開く。愛嬌と論理を両方持つ人間が希少なのはこの三つを同時に満たすことが構造的に難しいからだ。 愛嬌はエトスとパトスを同時に動かす。人に安心感を与えながら感情を揺らす。そこに論理??ロゴスが加わったとき、三つの柱がはじめて揃う。 アリストテレスが言った説得の条件を、ひとりで自然に無意識に満たしている。それが愛嬌と論理を持つ人間の正体だ。 正しさはそれだけでは武器にならない。相手が受け取れる形に変換されてはじめて機能する。 愛嬌はその変換装置だ。硬い真実を人が飲み込める温度に変える。支配という言葉は少し物騒に聞こえる。でも人の心を動かす力を支配と呼ぶなら?それを暴力ではなく、温かさでやってのける人間が結局一番遠くまで行く。 愛嬌は人の心をほどく力。論理は世界をほどく力。その両方を持つ人は、正しいことをやさしく確実に届ける。それは才能というより?どちらも諦めなかった という選択の結果かもしれない。 魅力は正しさの量よりどこで人間らしく崩れているかに宿る ? そうなりたい具体的な姿は私にはないのですが、これにも一票入れたいですね。 鳳条 暦
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