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鳳条 暦

鳳条 暦

(23)

T164 B83(E) W55 H82

 

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営業時間 11:00-24:00

  • 11/04 09:45

    ひとりを知っている2

      ?孤独を埋める愛と、孤独を抱えたままの愛 孤独を埋めるために人を求める人と、孤独を知ったうえで誰かを愛する人では、愛の深さが違う。 孤独を埋めるための愛は、どこかで相手を「穴」に合わせてしまう。寂しさをふさいでくれる形をしていれば、相手が誰でもいい。だから相手が穴を埋めてくれなくなったとき、愛は不満に変わる。そこで愛されているのは相手ではなく、自分の寂しさの方だ。 孤独を知っている人は違う。自分の孤独は、自分で抱えるしかないと知っている。誰かに丸ごと埋めてもらえるものではないと、もう分かっている。だから相手に「埋めて」と求めない。相手を、相手のまま見ることができる。 詩人のリルケは、愛とは二つの孤独が互いを守り合い、そっと触れ、挨拶を交わすことだ という趣旨のことを書いた。二人が溶け合って一つになるのではない。ひとりとひとりのまま、隣に立つ。孤独を消すのではなく、孤独ごと尊重する。それが深い愛の形だ。 ? 孤独を知る人の愛は、相手で穴を埋めない。相手の孤独ごと、そばに置く。 ? 鳳条 暦

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  • 11/03 17:45

    ひとりを知っている1 お知らせ?

      11/9(月)11:00-.13:15- まだ空いていますので、お時間が合えばお会いしたいです?? 最近は料理をまとめて作ることが増えました?? 汁物が多いのですが笑 今日はかぼちゃシチューかな??   孤独は、欠けている状態ではない 人間関係を数で測る社会では、ひとりでいる人は足りない人に見える。友人が少ない、誘いに乗らない、輪の中にいない。だから寂しいのだろう と。 だがひとりでいることには二種類ある。誰にも選ばれずにひとりでいることと、自分で選んでひとりでいることだ。外から見れば同じでも、内側はまったく違う。 選んだ孤独は欠如ではない。合わない場所に自分を押し込まないという、静かな意思だ。薄い会話を十重ねるより、一つの深い沈黙を分け合いたい。 そう思う人にとって、ひとりの時間は空白ではなく、誰かを待つための場所になる。 群れない人は人が嫌いなのではない。むしろ逆だ。人を大事に思うからこそ、軽く扱える関係を増やせないのだ。 ? 孤独を選ぶ人は人間を軽く見ていない。重く見すぎているのだ。 ? 鳳条 暦

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  • 11/01 17:45

    白3

      負けても、足跡は残る 勝てなくてもいい、負け戦なら負け戦でいい。ただ、足跡は残してこい。 勝ち負けは結果で足跡は過程だ。負けた戦いにもそこを歩いた跡は残る。そしてその足跡を、あとから誰かが見つける。白紙の地図を持った誰かが、それを見て「ここを歩いた人がいる」と知る。それだけで少し歩き出せる。 生きているだけで誰かを救うというのは、きっと足跡が誰かの道しるべになるということだ。 ? 明日は、余計なことを考えず、一つだけ手をつけてみる。うまくいかなくてもやった跡は残る。   ? 負けてもいい。生きて、歩いた跡を残せば、それはいつか誰かの地図になる。 ? 鳳条 暦

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  • 10/31 17:45

    白1

      生きているだけで、届いている 人を救うには、何かをしなければいけないと思いがちだ。言葉をかける、手を貸す、役に立つ。 けれど実際に救われた時のことを思い出すと、相手は何もしていなかったことが多い。昨日と同じように笑っていた。いつもの場所にいた。それだけで、こちらは息がしやすくなった。 健気に生きている姿は、本人の知らないところで誰かの支えになる。救った側は救ったことに気づいていない。だから自分も、気づかないうちに誰かを救っているかもしれない。 ? 何もできない日も、生きている日だ。それはもう、誰かに届いている。 ? 鳳条 暦

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  • 10/30 17:45

    ゆう2

      かわいそうを決めるのは、誰か 自分は「かわいそうな女」なのかと尋ねる。 この問いの形に、苦しさの正体がある。彼女は自分の状態を、自分で判定できなくなっている。だから他人に判定を預けようとする。島の視線、比べてしまう他人の成功。いつのまにか、自分の人生の採点を、外側に任せてしまっていた。 慰めでも否定でもない。かわいそうじゃないよと言えば、今度は他人の評価に寄りかかることになる。彼はそうしない。判定の主語を、もう一度彼女自身に戻すだけだ。自分がそう思っていないなら、他人の目は決定権を持たない。 人を本当に苦しめるのは、他人のラベルそのものではない。そのラベルに、自分の採点を明け渡してしまうことだ。 ? 自分の人生の採点表は、自分の手元に置いておくしかない。 ? 鳳条 暦

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  • 10/30 09:45

    ゆう1 お知らせ?

     次回最短のご予約日時は 11/9(月) 11:00-.13:15-になります。 それまでのご予約は全て満たしていただきました?? 11月も会えるのを楽しみにしています?? 今日はハロウィンイブらしいです?? 名前がつくととても特別な日に感じますね。  答えを渡さないという、手渡し方 人に相談されたとき、いちばん簡単なのは答えを渡すことだ。「続けなよ」「もうやめたほうがいい」。言われた側は楽になる。迷いを誰かが引き取ってくれるからだ。 だが答えを受け取った瞬間、その人生の一部は言った人のものになる。うまくいけば相手の手柄になり、うまくいかなければ相手のせいになる。どちらに転んでも、選んだのは自分ではなくなる。 続けろ。とも終われ。とも言わない。冷たいからではない。選択という、その人にしか持てないものを、取り上げずにおいたのだ。答えを渡さないことは、突き放すことではない。問いを、持ち主の手に返すことだ。 ? 答えを与えないのは、選ぶ権利を相手に残しておくためだ。 ? 鳳条 暦

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  • 10/28 17:30

    フィナーレ1 お知らせ?

     次回最短のご予約日時は 11/5(木) 11:00-.13:15-です。 この日でハロウィンは最終日にしようかと考えています? ハロウィンらしいことといえば、コスプレくらいしかしていませんが、 一緒に楽しんでもらえて、良い時間を過ごせました?? 11月もよろしくお願いします??  少し冷たい傘 私はずっと、恋には特別な結末が必要だと思っていた。 夜景の見えるレストラン。サプライズの花束。映画のラストみたいな、誰が見ても幸せだとわかる瞬間。そういうものを積み重ねた先に、ハッピーエンドがあるのだと信じていた。 ? 出会ったのは、そういう瞬間とは正反対の日。 晴れているのに、雨が降っていた。バス停の屋根は小さくて、隣に立った彼は傘を持っていなかった。私の傘に入れてあげたのは、親切というより、気まずさに耐えられなかったからだ。 二人で一本の傘は思ったより狭かった。私の右肩も、彼の左肩も濡れた。彼は申し訳なさそうにこちらを見て、私も見返した。 初めて目が合ったのは、そのときだ。 傘を二本さしていれば、誰も濡れなかった。でも、あの少し冷たい肩のことを、私は今でも覚えている。 ? 鳳条 暦

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  • 10/27 17:45

    ずっと大切にして2

      いつか失うと知っている人だけが、やさしくできる いつかこの人はいなくなるかもしれない。 そう思いながら誰かのそばにいるのは、悲しいことのように見える。信じきれていない、と責められそうでもある。 だが逆だ。ずっといてくれる と思った瞬間から、人はありがとうを言わなくなる。小さな配慮を省き、言葉を雑にし、相手がそこにいることを家具のように扱いはじめる。 関係を壊すのは、たいてい大きな裏切りではない。慣れと甘えだ。 人と人が離れるのは、特別なことではない。ありふれたことだ。それを知っている人は、どこかで人に諦めている。けれど諦めきれずにまだ信じたいとも思っている。その二つの間に立っているから、目の前の人がいることを当たり前にしない。 私は、人と完全に溶け合うことを望まない。少しの距離が、いつもある。その距離は冷たさではない。相手を自分の一部にしないための余白だ。自分の一部になったものには、人は感謝しない。 ? 失う予感は、愛を弱くしない。愛を雑にさせないための、柔い緊張。 ? 鳳条 暦

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  • 10/27 09:45

    ずっと大切にして1

     握りしめているのは、相手ではない 好かれようとして頑張ったことがある。 返信を早くする。機嫌を読む。疲れていても笑う。相手の好きそうな自分を少しずつ足して、嫌われそうな自分を少しずつ削る。そうしていれば、離れていかないと思っていた。 だが頑張った分だけ、心のどこかに帳簿ができる。これだけしたのだから、という数字が。 知らないうちに積み上がっていく。相手が少し冷たいだけで、その帳簿が開く。 こんなにしたのにと思った瞬間、優しさは取引に変わる。 つなぎとめようとする手は相手を握っているようで、実は自分の不安を握っている。離れていかないでほしいのは相手ではなく、ひとりになる自分から逃げたい自分の方かも だから愛されるために頑張るのをやめる。それは投げやりになることではない。帳簿を閉じることだ。何も数えずにただ、おつかれさまと言えるところまで自分を戻すことだ。 ? 頑張って保つ関係は、頑張れなくなった日に終わる。 ? 鳳条 暦

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  • 10/26 17:45

    寄り道3

      戻る場所があるから、遠くへ行ける 迷うことを恐れなくていい。離れることも、別の道を歩くことも、恐れなくていい。戻ってしまう場所を見失わずにいれば、遠回りは寄り道になる。 ひとつのことをやめずにいた人だけが辿り着くのではない。何度離れてもそのたびに戻ってきた人もまた、辿り着く。戻るたびに、前とは少し違う自分で向き合うことになる。 それこそが更新なのだと思う。 だから努力が続かない日は、何なら続けられるかと自分を問い詰めなくていい。代わりに、 何をしている自分になら、もう一度会いたいか。 その答えは、たいてい大きな目標の形をしていない。久しぶりに道具を手に取る。古いノートを一ページだけめくる。それくらいの大きさで来る。 ? 続けなくていい。今日、一度だけ戻ればいい。 ? 鳳条 暦

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  • 10/25 17:45

    寄り道1

     途切れることと、終わることは違う 「好きなら続くはずだ」という言葉は、続かなかった人を二度傷つける。一度目は、やめてしまった自分への失望で。二度目は、「だから本当は好きじゃなかったのだ」という結論で。 だが続くかどうかを決めているのは、好きの深さだけではない。体調、お金、時間、周りの目、才能への不安。好きという気持ちは、そういう現実の天気に簡単に負ける。負けたからといって、気持ちが偽物だったことにはならない。 本当に見るべきなのは離れたあと。何年も触れていないのに、誰かがそれをしているのを見ると胸の奥が少しざわつく。忘れたふりをしていたのに、ふとした拍子に手が覚えている。そういうものは、習慣としては途切れていても、自分の中では一度も終わっていない。 ? 続かなかったことは、好きではなかった証明にはならない。戻りたくなることのほうが、ずっと正直だ。 ? 鳳条 暦

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  • 10/22 09:45

    明けの明星2 お知らせ?

     次回最短のご予約日時は 10/30(金) 11:00-.13:15-になります。 上記日程が10月最後のご予約可能日となります? 他の日は全て満たしていただき、ありがとうございます?? 映画の感想また書きます?耳から聞くとまた全然違う物語に聞こえたので、オーディブルをすぐに登録しました。 読書ペースがまたあがりそうです。   ひとりの花火 花火大会には、ひとりで行った。 最後に見たいと言ったのは私だ。約束が消えても、行きたい気持ちは消えなかった。 港は人であふれていた。家族連れと、浴衣のカップルと、はしゃぐ子どもたち。その中で、ひとりで空を見上げている自分が、少しおかしかった。 花火が開くたびに思った。この町を出たら、同じ空の下にいても、同じ時間には生きられない。 彼の判断は正しい。正しいから、余計に悲しかった。 ? 鳳条 暦

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  • 10/21 17:45

    明けの明星1 お知らせ?

     10\27(火) 11:00-.13:15-ご予約可能です? お次回が合いましたら、お会いしたいです?? 今日はたまたま授業が半分なくなったので、映画を見に行ってきます? 授業に集中できるか心配なところです笑  そうだね 彼が正しいことを言うのは、知っていた。 だから昨日の電話で「終わりにしよう」と言われたときも、驚かなかった。彼はいつも、誰も損をしない答えを選ぶ人だ。そういうところを好きになった。 「そうだね」と答えたのは、反論できなかったからではない。彼の正しさを、最後まで守ってあげたかったからだ。 電話を切ってから、荷造りの続きをした。段ボールに本を詰めながら、一冊ずつ、二人で行った場所を思い出した。泣かなかった。泣いたら、彼の正しさが間違いになってしまう気がした。 ? 鳳条 暦

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  • 10/21 09:45

    宵の明星3

      理由 港に着いたとき、花火はもう終盤だった。人混みの端で、彼女はひとりで空を見ていた。 息が切れて、うまく言葉が出なかった。 「昨日のは、なし」 彼女は目を丸くして、それから少し笑った。 「正しい人が、間違えに来たの?」 「うん。たぶん、これからも何回も間違える。でも、君のせいで間違えるなら、それがいい」 彼女は空を見上げたまま言った。 「この世界、生きていくにはちょっと悲しすぎるよね」 僕には、その言葉を打ち消すような上手い返しはなかった。だから、知っている言葉をひとつだけ、何度も繰り返した。 好きだ。好きだ。 最後の花火が開いて、消えた。煙の向こうに、宵の明星がまだ光っていた。 正しさは、損をしないための道しるべだ。 でも、どこへ行きたいかまでは教えてくれない。 あの夜、僕は初めて、正しい答えより「理由」を選んだ。間違いだらけの遠回りでも、その先に君がいるなら、それは迷子ではない。 ? 鳳条 暦

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  • 10/20 17:45

    宵の明星2 お知らせ?

     26(月) 13:15- と 明日よりご予約開始の ?27(火)11:00-.13:15- で予約が可能です?   お時間があればお会いしたいです? 最近は圧力鍋を取り入れたので料理の幅がグッと広がりました??汁物ばっかり作っているのでこの際にいろいろな料理を作りたいと考えています。  北へ歩く 今日の夕方、駅のホームで西の空を見上げた。日が沈んだばかりの空に、ひとつだけ明るい星が出ていた。宵の明星だ。 彼女が昔、教えてくれた。あの星は、夕方には西に、明け方には東に見える。同じ星なのに、時間が違うだけで、まったく別の場所に現れる。 彼女の行く町は…そう思ったとき、足が勝手に動いた。 今夜は港で花火大会がある。彼女が「最後に見たい」と言っていたやつだ。 電車は止まっていた。人が多すぎて、改札も詰まっていた。地図アプリは遠回りの道しか示さない。北へ大きく回り込んで、ようやく南の港へ出る道だ。 正しい判断なら、引き返す。今から行っても間に合わない。会えたとしても、昨日の言葉は取り消せない。 それでも僕は、北へ歩いた。南へ向かうために。 ? 鳳条 暦

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  • 10/19 09:45

    言の葉1

     言えなかった頃 「おめでとう」は難しい言葉だった。 友人が賞をとった。かつての恋人が結婚した。疎遠になった同級生が店を開いた。知らせは届くのに、言葉が出てこない。嬉しくないわけではない。ただ、口にした瞬間に何かが崩れる気がしていた。 崩れるのはたぶん自分の側で、そもそも祝う資格が自分にあるのか。「おめでとう」の手前にいくつもの検問を立て、ひとつずつ通るのを待っているうちに、時機は過ぎる。過ぎてしまえば、言わない理由がまたひとつ増える。 あの頃の自分にとって、言葉は相手に渡すものではなかった。自分がどう見えるかを映す鏡だったのだ。 ? 鳳条 暦

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  • 10/18 17:45

    かもしれない3

      優しさは、相手の知らないところで行われる 想像することは、ほとんどの場合誰にも気づかれない。 電車で苛立った声を出した人に、「何かあったのかもしれない」と思って言い返さなかった。職場で要領の悪い人に、「この人なりの事情がある」と思ってため息を飲み込んだ。それは記録に残らない。相手も知らない。感謝もされない。 だが世界の残酷さを少しずつ減らしているのは、たぶんこういう誰にも見えない選択の積み重ねだ。残酷さが小さな無関心から静かに生まれるなら、優しさもまた小さな保留から静かに生まれる。 そして自分もまた、どこかで誰かに想像されてきた。うまく言葉にできなかった日、ひどい態度をとってしまった日、名前も知らない誰かが「この人にも事情があるのだろう」と、黙って裁かずにいてくれたのかもしれない。私たちは、気づかないうちに、そういう見えない優しさに支えられて生きている。 知れば知るほど、世界は断定できなくなる。その「断定できなさ」の前で、決めつけるのではなく、黙って余白を残すこと。それが、知性が最後に行き着く姿だ。 優しさとは、相手の知らないところで、断定しないでいることだ。 ? 鳳条 暦

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  • 10/17 17:45

    かもしれない1

     わかったつもりも、想像の停止 想像力には、二つの種類がある。 一つは、相手を自分の物語に回収してしまう想像だ。「あの人は怠けている」と決めつけるのは想像力の欠如に見えるが、実はそうではない。そこにも想像は働いている。ただ、自分の手持ちの物語に相手をはめこんで、そこで止まっているだけだ。 だから、「かわいそうな人」と決めつけるのも同じことになる。優しさのつもりの断定は、冷たさのつもりの断定と、根っこが同じだ。どちらも、相手の人生を自分の言葉で閉じてしまっている。 もう一つは、余白を残す想像だ。「眠れない夜を越えてきたのかもしれない」。この「のかもしれない」は、答えではない。答えを出さずにおく という態度だ。わかったと言わずに、わからないまま相手のそばに立ち続ける。 ? 知性とは、想像して正解にたどりつくことではない。想像しながら、正解を決めずにいられることだ。 ? 想像力とは、わからなさを手放さずに持ち続ける力だ。 ? 鳳条 暦

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  • 10/16 17:45

    星は、自分で光る2 お知らせ?

     次回最短のご予約日時は 10/26(月) 11:00-、13:15- 24日までの予約は全て満たしていただきました? 今月は日曜日にも予定を入れてしまったので、思っていたよりもバタバタですが、なんとかなってます?? 汝、星の如く を観に行かつもりなのですが、いついけるやら笑 観た方は内緒にしててくださいね////   愛は、優しい形をしていない 暁海は、北原先生と結婚することを決める。そして、櫂には伝えないでほしいと頼む。それなのに、伝わってしまう。 この頃の二人をつないでいるのは、毎月の借金の返済だけだ。復縁を望む連絡も、いつしか途絶えている。暁海は何度も、今度こそ本当にさよならだと自分に言い聞かせる。言い聞かせなければならないほど、まだ好きだからだ。 ここで暁海が抱く願いが、苦しいほど正直だ。どうか元気でいて、幸せでいて。でも、わたし以外を愛さないで。わたしを忘れないで。 相手の幸せを願う気持ちと、相手を縛りたい気持ちが、ひとつの文の中で並んでいる。きれいな愛なら、前半だけで終われたはずだ。 けれど本当に誰かを想うと、後半がどうしてもついてくる。優しさと身勝手さは、切り離せない。 だから作中で、愛と呪いと祈りは似ている、と言われるのだと思う。相手を想うことは、相手にかける呪いでもある。それでも手放せないから、最後は祈るしかない。 ? 本当の愛は、相手の幸せと自分の欲を、同じ息で願ってしまう。 鳳条 暦

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  • 10/15 09:45

    最深部で恋をする2

      生まれる前から好きだったもの 猫に心を奪われる瞬間を、私たちは自分の意思だと思っている。だが、本当にそうだろうか。 動物行動学者ローレンツは、丸い頭、大きな目、短い手足、ふっくらした頬といった特徴の組み合わせを「幼児図式」と名づけた。人はこの形を見ると、考えるより先に守りたい、触れたいと感じる。人間の赤ん坊を世話させるために、長い時間をかけて刻まれた反応だ。 猫の顔は、偶然にもこの図式にぴたりと重なる。私たちは猫を選んだのではなく、何万年も前の祖先が残した回路に、猫が鍵のように差し込まれたのだ。 ? ひたむきな人を応援したくなる気持ちにも、似た古さがある。群れで生きてきた人間にとって、損得を超えて何かに打ち込む者は、集団を前へ進める存在だった。彼らを支える心は、群れごと生き延びる確率を上げた。 だから私たちは、見知らぬ選手の一投に、名も知らない誰かの挑戦に、理由もなく胸を熱くする。 「生まれる前から好きだったみたい」という感覚は、比喩ではなく半分は事実である。 その好きは自分が生まれるずっと前に、誰かの生存と引き換えに編まれたものだ。 ただ、それだけでは足りない。同じ回路を持っていても、ある人は柴犬に、ある人は古い路地に、ある人は雨の匂いに、どうしようもなく惹かれる。そこには、幼い日の光、母の声の高さ、一度きりの夕暮れが、気づかないまま混ざっている。 つまり「なぜか」の正体は、二つの時間が重なった場所にある。人類という長い時間が用意した回路と、自分という短い時間が積み重ねた記憶。その交点で何かが光ったとき、私たちは説明のつかない安堵を覚える。どちらの時間も、意識が気づく前に流れ終えている。だから理由を探しても見つからない。理由は、自分が語り手になる以前に、すでに書き終えられていたのだ。 ? 「なぜか好き」が説明できないのは、それが浅いからではない。自分という意識よりも古い層で、とっくに決まっていたからだ。 ? 鳳条 暦

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  • 10/13 17:30

    消さずにいるもの2 お知らせ?

      次回最短のご予約日時は 10/22(木) 11:00-、13:15-です。 21日までのお時間は全て満たしていただきました??♀? ありがとう??お会いできるのを心よりお待ちしております。 引っ越しして自炊がやっとまともにできる環境が整いました?? ハイテクすぎる家にちゃんと順応できるか心配なところです笑  諦めないとは、火を大きくしないこと 「諦めるな」という言葉は、ときに凶器になる。限界まで頑張ってきた人にとって、その言葉はまだ足りない と聞こえるからだ。 だから諦めないことを大げさに考えなくていい。朝起きて水を飲み、なんとか一日をやり過ごす。投げやりな気分のままでも、ご飯を食べるそれで十分だ。 ? 人の胸の奥には、自分でもうまく言葉にできない願いがある。何を望んでいるのか説明できないのに、完全に冷めきってはいない。 そういう、微かな熱だ。 諦めないとは、その火を燃え上がらせることではない。誰かに見せることでも、目標に変えることでもない。ただ消さないでいることだ。 そして本当の変化は派手には訪れない。ある日、少し呼吸が楽になっている。思い出しても泣かなくなっている。もう少しだけ歩いてみようと思える。 ? 奇跡とはその程度の大きさで来る。火を消さずにいた人にだけ、それは気づける大きさで来るのだ。 ? 鳳条 暦

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  • 10/12 09:45

    純愛3

     純愛は終わらず、手渡される 本編のその後、乙骨は真希さんと結ばれる。弱かった頃からずっと隣で戦い、彼が「恩人」と呼んだ人だ。 これを裏切りだと感じる人もいるだろう。だが逆である。「生涯ほかの誰も好きにならない」としたら、それは里香ちゃんの愛にまだ縛られているということだ。別の誰かを愛せたことこそ、二人の愛が呪いではなく祝福だった証なのだ。 ちなみに里香ちゃんの方は、乙骨の顔もしっかり推していたらしい。中身も見た目も好き。それもまた、真っ直ぐな愛の形だろう。 続編では、里香ちゃんの指輪が孫娘へ受け継がれている。里香ちゃんへの愛は消されたのではない。家族の中で、次の世代へ手渡されたのである。 乙骨憂太の魅力とは、愛に縛られた少年が、愛を手渡せる大人になったことだ。純愛は、ちゃんと今も続いている。 ? 鳳条 暦

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  • 10/11 17:30

    純愛2

     化け物になっても「里香ちゃん」 里香ちゃんは呪いになり、姿は化け物そのものになった。それでも乙骨は一度も怖がらず、最後まで「里香ちゃん」と呼び続けた。 夏油に女誑しと罵られて返した 「失礼だな 純愛だよ」 は、何度読んでも胸を撃ち抜かれる一言だ。 優しいだけでもない。暴れる里香ちゃんに、恩人の真希さんを「蝶よりも花よりも丁重に扱え」と命じる。愛しているからこそ、ちゃんと向き合う。この温度差が乙骨憂太の魅力である。 そして、里香ちゃんを縛っていたのは乙骨自身の「離れたくない」という願いだった。それを知った彼は、愛しているからこそ手を離す。 0巻のあの別れで、彼の一途さは執着から本物の愛へと変わったのだ。 ? 鳳条 暦

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  • 10/07 17:45

    羨ましい2

      盤の上  二人は将棋をさす。 私はルールをよく知らない。どちらが強いのかも、今どちらが勝っているのかもわからない。わかるのは、駒を置く音と、その間の長い沈黙だけだ。 会話はない。それなのに、ちぐはぐな感じがまったくしない。男性が考え込めば少年は待ち、少年が長考すれば男性も待つ。急かす人がいない。二人の時間の流れ方が、ぴったり同じなのだ。 親子には見えない。祖父と孫でもなさそうだ。先生と生徒というほどの上下もない。友達と呼ぶには年が離れすぎている。 二人の関係に合う名前は、見つからなかった。そして、名前がないからこそ、あの空気があるのだと思う。 鳳条 暦

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  • 10/07 09:45

    羨ましい1

     名前のない2人 待つ人。 私がほぼ毎日通う場所には、いろいろな人がいる。毎日見ていると、それぞれの決まった席や決まった時間が、なんとなくわかってくる。 その中に、いつも誰かを待っている男性がいる。褐色の肌に、よれたシャツ。背筋はまっすぐなのに、首だけが直角に折れたように前へ傾いている。本も読まず、スマホも見ず、ただ盤の前に座っている。 少しすると、制服の少年がやってくる。銀縁の丸メガネに、ふわふわの天然パーマ。体に対して大きすぎる黒いリュックと水筒を抱えて、小走りで近づいてくる。 挨拶はない。少年は何も言わずに男性の正面に座る。男性も、顔を上げるだけだ。 それで、始まる。 ? 鳳条 暦

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  • 10/06 09:45

    不思議2

     勝手に受け取るということ。 「勝手に」という言葉には、少しだけ後ろめたさがある。作者が意図していない読み方をしているのではないか。自分の物語に、他人の作品を送り込んでいるだけなのではないか。 だが、思い出してほしい。同じ歌を、失恋した夜に聴くのと、就職が決まった朝に聴くのとでは、まるで違う歌に聞こえる。 同じ小説の同じ一文が、十代の頃には何も残さなかったのに、三十代で読み返したら涙が止まらなくなる。 ? つまり作品の意味は作品の中だけにあるのではない。受け手がそのとき抱えていた夜、忘れられない人、言葉にならなかった気持ち―それらが作品と出会った場所で、はじめて意味は完成する。そう考えると受け取ることは、受け手の側で行われる、もうひとつの創作である。 ただしここにはひとつ大事な線引きがある。 この歌は私のために書かれた と思い込むことと、この歌に私は救われた と受け取ることは、似ていて全く違う。 前者は作者に何かを求めてしまう。後者は、何も求めない。 あなたのためじゃない と言われても構わない、という態度は、この後者の実践だ。見返りを求めない、一方通行の感謝。 作者は誰かを救わなければならない という重荷を背負わなくていい。受け手は正しく理解しなければならない という締め付けから解放される。 誤読でもいい。少しずれていてもいい。その夜を越えられたのなら、その受け取り方は、その人にとって正しかったのだ。 ? 「勝手に受け取る」ことは、作品への誤解でも略奪でもない。作者に何も求めず、自分の人生の中で作品を完成させる、受け手にしかできない創作である。 ? 鳳条 暦

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  • 10/03 09:30

    株が下がるまで、金利は上がる1 お知らせ?

     現時点で最短のご予約は10/10(土) 13:15-になります。 10/9(金)まだのご予約は全て満たしていただきました??♀? ありがとう?? ? MAG7(マグニフィセント・セブン。対象の7銘柄は、マイクロソフト、アップル、エヌビディア、アマゾン、アルファベット(Google)、メタ・プラットフォームズ、テスラで構成)とS&P500の均等加重指数(すべての銘柄に、まったく同じ金額ずつ投資する) を見ていると、不思議な状態がある。 一部の大型株だけが強く、その他の銘柄はかなり弱い。それでもS&P500全体は高値を維持している。 この乖離が起きたあと、そのまま相場が上がり続けるのか、それとも最後には指数全体まで崩れるのか。 その分かれ目の一つは、金融政策にあるように思う。 金融政策が緩和方向、あるいは据え置きの局面なら、多少市場内部に弱さがあっても、それだけで相場全体が崩れるとは限らない。 でも引き締め局面では少し違う。 私はここで、株が下がるまで、金利は上がるという見方がしっくりくる。 中央銀行や金利市場が見ているのは、政策金利だけではない。 長期金利、信用市場、為替、株価などを含めた金融環境全体を見る。 だから小型株や均等加重指数が弱くなっていても、MAG7が上がり続けてS&P500を支えているなら、金融環境全体としてはまだそれほど締まっていない。 株価が高ければ資産効果も残る。 企業心理も悪化しにくい。 消費も景気も簡単には崩れない。 すると市場は、この金利でも景気は耐えられる と判断する。 ならば、金利はもう少し高くてもいい。 金利が上がる。 それでも株は下がらない。 するとさらに、まだ十分に締まっていないとなる。  つまり引き締め局面では、株価の強さそのものが金利上昇を長引かせることがある。 普通なら「株が強い=安心」と思う。 でも金融政策がタイトなときには、その強さが逆に市場の首を少しずつ締めていく。 MAG7が指数を守っているように見えて、実は金利が下がる条件を遠ざけている。 ここがこの相場の少し皮肉なところだと感じる。 鳳条 暦

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  • 10/02 17:15

    //2

     自分には完全には分からない痛みを、 分かったふりをせずに想像してくれること。 自分の都合のいい人物に仕立てず、こちらにもこちらの事情や歴史や疲労や恐怖があることを 忘れないでいてくれること。 愛しているから大切にするのではなく、 あなたも私と同じように、一度しかない人生を生きている人だから、粗末に扱わない というような眼差し。 それは恋愛よりも前にある、人間への敬意なのかもしれない。 愛されることは幸せだと思う。 でも愛されるほど、なぜか少し息苦しくなることもある。 相手の中で自分が美しくなりすぎたり、特別になりすぎたり、こういう人 と決められていくと、本当の自分との間に小さな距離が生まれる。 私はもっと曖昧で、矛盾していて、優しいだけでもなく、強いだけでもなくちゃんと傷つく。 誰かの物語の登場人物ではなく私にも私の物語がある。 こちらの人生を勝手に要約しない人に惹かれる。 分からないところもあるけれど、分からないまま大切にしたい と言える人。 近づきながらもこちらの輪郭を奪わない 抱きしめながらも、こちらが一人の人間であることを忘れない人。 たぶん私が欲しいのは、愛の反対ではない。 むしろ愛よりもう一段深いところにあるものなのだと思う。 あなたが傷つけば痛いこと。あなたにも時間が流れていること。 あなたにも私の知らない人生があること。それを忘れないこと。 そんなふうに見つめられたとき、人は初めて愛されるだけではなく、 存在そのものを尊重されたと感じるの。 鳳条 暦

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  • 10/02 09:45

    //1

     愛してくれる人よりも、ちゃんと生きている人間として見てくれる人に憧れている。 もちろん、愛してる と言われるのは嬉しい。大切にされたいし、選ばれたいし、 できることなら誰かにとって特別な存在でいたい。 でもそれだけでは少し足りないと思うことがある。 転んだら痛い。拒絶されたら悲しい。 無視されたら傷つくし、期待すればその分 落胆もする。 私にもあなたと同じように一日があって、 眠れない夜があって、 少しずつ時間を使いながら生きている。 そういうごく当たり前のことを忘れないでいてくれる人に惹かれる。 愛という言葉はときどき人を美しくしすぎる。 愛しているからこそ、相手に役割を与えてしまう。 でも人間は誰かの恋人である前に、 誰かの理想である前に、ただ一人で生きている人間で 機嫌の悪い日もある。誰にも優しくできない日もある。 間違えることも、逃げることも、醜い感情を持つこともある。 それでも、自分の人生を必死に生きているんだなと見てもらいたい。 そこには愛より少し静かなものがある。 理解とも違う。共感とも少し違う。 たぶん私はそういう眼差しに焦がれている。 鳳条 暦

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  • 10/01 17:45

    見落としている問い お知らせ?

     現時点で最短のご予約日時は 10/9(金) ?11:00-、13:15-です。 ご予約開始は土曜日からになります。 よろしくお願いします??♀? 8(木)までの予約は全て満たしていただきました。 ありがとう。  早く会いたいな?  最高に立派なぶどうでした?  ぶどう美味しいです??  投資についてAIに相談するとき、つい「これから何が上がると思う?」と聞きたくなる。 ? 先のことを知りたいのは、たぶん自然な気持ちだ。自分のお金を使っているのだから、できれば間違えたくない。誰かが正解を教えてくれるなら、少し安心できる気がする。 ? けれど未来の値動きには、誰にでも確実に答えられる問いがない。 ? それならAIには未来を当ててもらうより、今の自分を点検する手伝いをしてもらうほうがいいのかもしれない。 ? この投資を続けたい理由は。 どこまで損が出たら考えを変えるのか。 生活に必要なお金まで期待に乗せていないか。 最初に決めたルールを、都合よく読み替えていないか。 ? こうして並べるとどれも自分で答えられそうな問いに見える。けれど実際には利益が出ているときにも、損を取り返したいときにも、人は自分に甘い説明を作れてしまう。 ? もう少しだけ持っていよう。今回はいつもと状況が違う。長い目で見れば大丈夫。 その判断が正しいことももちろんある。ただ、自分が何を根拠にそう思ったのかを言葉にできないまま続けると、いつの間にか投資の方針そのものが変わってしまう。 ? 私にとって投資は、お金を増やすことだけが目的ではない。これからの生活に余裕を作りたいし、働き方が変わっても自分を支えられるようにしておきたい。そのために始めたはずなのに、目の前の数字を追うあまり毎日を不安にしてしまったら、目的と手段が入れ替わっている。 ? AIは私の代わりに責任を取ってはくれない。資産の全体像も、私がどれほど不安を感じているかも伝えなければ分からない。だからこそ答えを預ける相手ではなく、自分の考えを映して確かめる相手として使いたい。 ? 欲しい答えが返ってきたときほど、 なぜ私はその答えに安心したんだろう。と考えてみる。耳の痛い指摘が返ってきたときほど、すぐに退けず、どこに引っかかったのかを見てみる。 ? 投資で自分を守ることは、いつも怖がることではないと思う。 うまくいっているときにも苦しいときにも最初に自分が守りたかったものを忘れないこと。そのための問いを持ち続けることが、私にとってのリスク管理なのだと思う。 ? 鳳条 暦

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  • 09/29 17:45

    嘘にしたくない2

     守っておきたい気持ち 人が好き で競ってしまう背景に、居場所を求める気持ちがあるのではないかと考えられていた。自分の話を聞いてもらえる場所があれば、好きなものまで使って、自分の価値を証明しなくて済むのかもしれない。 ? 好きなものの話をしたとき、知識を試されるより、どんなところが好きなの? と聞いてもらえたら嬉しい。正しく理解されることも大切だけれど、まだ自分でも言葉にできない気持ちに興味を持ってもらえることが嬉しい。 ? 人は、好きな理由を最初から全部知っているわけではないと思う。 なぜ惹かれるのか分からないまま、何度も思い出すことがある。相手に尋ねられて初めて、そうか、私はこの部分が好きだったんだ。と気づくこともある。 ? 私にとって居場所とは、何でも肯定してもらえる場所だけではない。結論を急がずにあなたにはどう見えているの?と聞いてもらえる場所。 ? 一方で、居場所があれば誰もが好き を安心して言える。というほど簡単でもない気がする。大切なものほど、誰にも説明せず、自分の中に置いておきたいときがある。話さないことまで恐れとして乗り越える必要はない。 ? 好きと言える自由と、まだ言わずにいる自由。その両方があっていい。 ? 相手の好きなものを聞くときも、すぐに分かったつもりにならないでいたい。その人が大切にしている理由は私の想像と違うかもしれないから。 ? 私も好き と重ねる前に、 あなたはどこが好きなの?と聞ける人でありたい。 ? 鳳条 暦

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  • 09/29 09:15

    嘘にしたくない1

     好き を誰の許可で言うのだろう 好きに資格がいると思っていた 好きです と言うだけなのに、ときどき勇気がいる。 もっと詳しい人がいる。もっと長く続けている人がいる。もっと時間やお金をかけている人がいる。そんな人を見つけるたびに、自分の好き ? ?は少し浅いもののように感じられる。 ? でも考えてみれば不思議だ。 好きとは 本来、自分の内側に起きたことのはずだ。ふと目で追ってしまう。話を聞くと嬉しい。疲れた日に、そのことを思い出すと少し気持ちが動く。誰にも見せていない時間の中で、もう起きている。 ? それなのに私たちは、好きだと言う前に証拠を探してしまう。どれほど知っているか。何ができるか。いつから好きだったか。 多分何かを好きになることと、それを好きな人 として人前に立つことは別の出来事なのだと思う。後者には誰かに見られ、比べられる怖さがある。 ? 例えば、好きな作品について話したとき、知らないことを指摘されるのが怖い。好きな仕事について語った後、思うようにできなかったら恥ずかしい。好きな人のことを大切に話したのに、その関係が終わってしまったらあの言葉まで間違いだったような気がする。 ? だからまだ好きだと認めたくないのかもしれない。気持ちが小さいからではなくそれを雑に扱われたくないから。 ? けど、詳しくなかった日の好き もうまくできなかった日の好き も確かにあった。後から得た知識や結果によって、過去の気持ちに資格が与えられるわけではない。 ? 好きと言うことは自分がいちばん優れていると宣言することではない。  ただこれが私の心を動かした と伝えること ? 鳳条 暦

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  • 09/28 09:30

    溢れてしまう2

     恋愛と友情の境界線は、口約束だけでは片づけにくい。 今日から恋人 私たちは友達 ずっと一緒にいよう そう言葉にした瞬間、関係に一本の線が引かれたような気がする。けれど本当はその線を境に、心のすべてが突然変わるわけではない。 昨日まで友達だった二人が付き合おう と約束しても、翌日から急に特別な感情が増えるわけではない。 反対に別れを告げて恋人ではなくなっても、それまで抱いていた愛情がその瞬間に消えるわけでもない。 ? 言葉は関係を決めることができても、感情まで命令することはできない。 だから付き合うという約束は、愛そのものの証明というより二人の間にある曖昧なものを、いったん同じ名前で呼んでみようとする試みなのかもしれない。 けれどその言葉に込めている意味は人によって違う。一人にとっては、あなたを最優先にします という約束かもしれない。 もう一人にとっては、ほかの人とは恋愛関係になりません ? ?という約束かもしれない。 あるいは、 将来を一緒に考えます 弱いところまで見せます 簡単には関係を手放しません そんな、言葉にされていない期待まで含まれていることがある。 ? 二人とも恋人と呼んでいるのに、その言葉から想像している未来がまったく違うこともある。 ? つまり、口約束が無意味なのではない。 ただ口約束だけでは、愛の中身までは決められないのだと思う。 関係を支えるのは、付き合っています という一度きりの宣言ではない。 ? 相手が苦しいときに、どう向き合うのか。 自分の都合と相手の気持ちがぶつかったとき、何を選ぶのか。分かり合えないときにも、知ろうとし続けられるのか。 そうした小さな選択の積み重ねが、最初に交わした言葉に少しずつ実体を与えていく。 ? 愛は、約束した瞬間に完成するものではない。 約束したあとに二人がどのように生きたかによって、ようやく形になっていくものなのだと思う。 ? 鳳条 暦

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  • 09/27 17:45

    溢れてしまう1

     『BANANA FISH』に描かれるアッシュと英二の関係を見ていると、友情と恋愛の違いとは何なのだろう と考えずにはいられない。 相手を大切に思うこと。離れたくないと願うこと。その人だけには、自分の弱いところを見せられること。相手の無事を自分のこと以上に祈ってしまうこと。 これらは、友情にも恋愛にも存在する。 ? 私たちはつい、触れたいと思えば恋愛で、身体を求めなければ友情だと分けたくなる。 けれど性的な関係がなくても恋愛は成り立つし、身体を重ねたからといってそこに深い愛情があるとも限らない。 ? そう考えると、友情と恋愛を分けているものは、感情そのものではなく社会の中でその関係をどのように扱うかという名前なのかもしれない。 友達です。恋人です。付き合っています。 名前をつければ、関係は少し分かりやすくなる。周囲にも説明しやすくなり、二人の間にある程度の安心も生まれる。 けれど名前をつけたからといって、二人の気持ちが同じ形になるわけではない。 同じ恋人という言葉の中にも、毎日会いたい人と、離れていても信じられる人がいる。 身体のつながりを大切にする人と、精神的な結びつきを何より重く感じる人がいる。 将来を約束したい人もいれば、ただ今を一緒にいたい人もいる。 ? 反対に友達と呼ばれる関係の中にも、恋人以上に深く人生を支え合っている二人がいる。 だから関係につけられた名前だけを見ても、その人たちの間にある愛の深さまでは分からない。 ? アッシュと英二の関係を、恋愛か友情かのどちらかに決めることが難しいのは、二人の間に何もないからではない。 むしろひとつの言葉に収めてしまうには、そこにあるものがあまりにも多すぎるのだと思う。 ? 鳳条 暦

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  • 09/25 20:45

    自分の時間2

     時間の長さだけでは測れないもの 川の水面をのぞくように言う。 「そこには何が映ってる?」 見えたのは、彼女自身。 時間というと、私たちは時計の数字を思い浮かべる。一日二十四時間。何時間働いて、何時間眠って、自由な時間が何時間残ったか。数字にすれば比べやすいし、足りなさもはっきりする。 でも同じ一時間でも、長く感じるときと短く感じるときがある。 楽しみにしていた人と過ごす時間は、驚くほど早く過ぎる。眠れない夜の一時間は、いつまでも終わらない。好きなことに夢中になったあとには、短い時間でもちゃんと過ごしたと思えることがある。 時間の長さだけでは、その時間が自分にとってどんなものだったかは測れないのだと思う。 だからといって、つらい時間にも喜びを見つけなければならない という話ではない。休息が必要なときには休息が要る。人の手を借りなければ回らない日もある。時間の感じ方を変えることと、暮らしの負担を減らすことはどちらも大切だ。 そのうえで時間の量だけでなく、質も見つめてみたい。 忙しい一日の中にも、窓から入る風を気持ちいいと思った瞬間があったかもしれない。誰かの笑い声につられて、自分も笑ったかもしれない。反対に楽しい予定を詰めた休日でも、心が置き去りになることはある。 大切なのはどの時間を過ごしたかだけではなく、その時間の中で自分が何を感じていたか なのだろう。 ? 自分の時間がほしいという願いは、単に空白の時間を増やしたいというだけではないのかもしれない。 自分の疲れに気づけること。好きなものを好きだと感じられること。今日を過ごした自分がここにいたと思えること。 そんな感覚を、もう一度取り戻したい。 ? 時計の針は止められない。けれどときどき立ち止まって、自分の心には耳を澄ませられる。そうして初めて、流れていくばかりに見えた一日の中に私の時間もあったのだと気づけるのかもしれない。 ? 鳳条 暦

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  • 09/25 09:15

    自分の時間1

     忙しさの中で、見失うもの 休みたい。遊びたい。眠りたい。 そう思いながら家事や仕事を片づけていると、一日はあっという間に終わる。何もしていなかったわけではない。むしろ、ずっと何かをしていたはずなのに、夜になると今日も自分の時間がなかった と感じる。 ? 忙しさに追われる人が流れ着いた先で彼女は、もう嫌だ とこぼす。 この言葉は、わがままではないと思う。誰かのために過ごす時間を大切にしていても、自分の気持ちを置く場所がなくなれば苦しくなる。少し休みたいは、その暮らしを続けるための切実な願いでもある。 ? 本当の時間は、自分の中にしかないんだよ 最初は、忙しい人に向かってずいぶん厳しい言葉に聞こえる。実際、時間が足りないのは事実だ。やることの多さは、気の持ちようだけで消えてはくれない。 それでも、この言葉が気になった。 私たちは「自分の時間」を、誰にも用事を頼まれない時間だけだと思っているのかもしれない。仕事の間も、誰かと過ごす間も、自分はそこにいるのに。やらなければならないことに意識を埋め尽くされると、その時間を生きていた自分の感覚まで見えなくなってしまうのだ。 ? 毎日を充実させようと頑張る必要はない。ただ自分の時間がどこかへ消えたように感じたとき、ふと立ち止まってみる。 ? 今日何に疲れたのだろう。今自分は何をしたいのだろう。 ? 答えが出なくても、その問いを向ける相手としてちゃんと自分がいる。 ? 鳳条 暦

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  • 09/24 20:30

    実感主義3

     選び直すことも、人生のうち 昔から、選んだ道を正解にできるくらい強くなりたいという考え方が好き。 どちらを選ぶのが正しいか永遠に考え続けるより、選んだあとにそこでちゃんと生きていける自分でいたいと思う。 でも最近は、この言葉にも少しだけ続きをつけたくなった。 選んだ道を正解にすることと選んだ道にしがみつくことは違う。 一度選んだからそうやって苦しい場所に留まり続けることまで、選択への責任と呼ばなくていい。 道を選んだ自分を肯定するためにその道を最後まで歩き切る必要はない。 その地点に新しい分岐点があるなら、またそこで選び直せばいい。選び直すことは過去の自分を否定することではない。 あのときの自分にはあの選択が必要で、今の自分には別の選択が必要になったというだけなのかもしれない。 線路そのものだけでなく、そこを走っている自分も変わり続けている。 昔は平気だったことが、今は苦しくなることがある。 昔は理解できなかったものが、今なら理解できることもある。  これは少し怖い。一度出した答えが永遠の答えにならないから。でも同時に救いでもある。今の苦しさが永遠に同じ意味を持つとは限らない。 今理解できないことを、いつか別の角度から理解する日が来るかもしれない。 人生には道の分岐だけではなく、意味の分岐もあるのだと思う。 起きた出来事そのものは変えられない。 でもその出来事を人生の中でどこに置くかは変わっていく。 失敗だったと思っていた出来事が、十年後には始まりだったと思えるかもしれない。 時間は戻らない。けれど過去の意味は、未来によって何度でも書き換えられる。 運命という言葉は、私はもう少し硬いものだと思っていた。抗えないものとして。 でも無数の線路と分岐点の集合体を運命と呼ぶなら少し印象が変わる。 全部決まっているわけでもない。 世界には自分ではどうにもできないものがたくさんある。それでも、ときどき現れる分岐点で小さく方向を変えることはできる。 人生に必要なのは一度も間違えないことではなく、間違えたあとにももう一度選べると思えることなの どの道を選んでも、そこからまた人生が始まるという意味なのかもしれない。 そう考えるとその時々で、その時の自分が引き受けられる一本を選びながら、あとから少しずつそこに意味を与えて生きているのだと思う。 鳳条 暦

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  • 09/24 16:56

    お知らせ?

    遅くなりましたが、一昨日の段階で今月の全ての枠を満たしていただきました? ? 現時点で次の空いている枠は 10/5(月) 11:00- になります。 ? 空き枠や全て埋まった時のお知らせはわかった段階でできるだけ早くできるようにします? ? バタバタで考えることが多かった9月。 みんなのおかげで良い誕生日を迎えることができました。(現在進行形) ? 折れそうな時にも、もう一度背筋が伸びるような気さえします。 これからも貴方の前で真っ直ぐ立てるような私でいたいと思います。 よろしくね?? 鳳条 暦

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  • 09/24 09:30

    実感主義2

     選ばなかった人生はいつも少し美しい 特に人間関係ではそれを感じる。 一人で完結する選択なら努力によって変えられることも多い。 もちろんそこにも環境の影響はあるけれど、自分の行動が結果に反映される割合は比較的大きい。? でも人間関係になると突然変数が増える。 私がどれほど大切にしていても、相手が同じように大切にしてくれるとは限らない。 私が言葉を尽くしても、同じ意味で受け取ってもらえるとは限らない。 反対に自分では大したことをしていないつもりでも、誰かにとっては救いになっていることもある。 人と人の間にはいつも少しだけ翻訳不能な部分がある。 もっと上手くできたのではないかと考えすぎてしまうことがある。 もっと優しくできたのではないか。もっと我慢できたのではないか。もっと理解できたのではないか。もっと違う言い方があったのではないか。 そうやって遡っていけば、過去の自分はいくらでも裁ける。 でもそれはある意味では簡単なのだ。 結果を知っている現在の自分が、結果を知らなかった過去の自分を採点しているのだから。 あのとき違う道を選んでいたら という想像も不思議だ。私たちは実際には一度も歩いていない人生を、とても美しく想像することができる。 あの人と出会っていなかったら。その人生には現実がない。 現実がないからこそ、面倒、退屈、失望も傷つく夜もない。可能性だけが残る。 だから過去の分岐点から伸びていたもう一本の線路は、しばしば現在より美しく見える。 でも本当はその線路にも別の苦しみがあったはずなのだ。 選ばなかった人生だけが無傷のまま保存されている。 それでも準備することには意味があると思う。努力したからといって、望んだ未来が必ず来るわけではない。 機会そのものが現れないことはある。 逆にほとんど準備していなかったのに、偶然とても大きな扉が開くこともある。 未来の選択肢が現れたときに、その選択肢を選べる自分でいるための準備だと考えるなら、努力の意味は少し変わる。 誰かに依存しなければ何も選べない状態から、少しずつ離れていくこと。未来そのものを買うことはできない。 ただ、本当はこっちへ行きたいのに行く力がないという瞬間を少し減らしてくれる。 自由とは何でもできることではなく、選びたいときに選べる可能性を持っていること 鳳条 暦

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  • 09/23 17:30

    実感主義1

     正しい分岐点なんて、たぶん存在しない 運命は変えられるけれど、運命から逃げることはできない 人生にはいくつもの線路があって、私たちはそのどれかの上を走っている。 何もしなければ、今いる線路をそのまま進んでいく。けれどときどき分岐点が現れる。 仕事を変える。住む場所を変える。誰かと出会う。誰かから離れる。続ける。やめる。 そこでだけ、私たちは少しだけ運命に手を触れることができる。 この考え方は、妙に腑に落ちた。 人生は全部決まっている、と言われると窮屈だし、人生は全部自分次第だと言われてもそれはそれで少し乱暴に感じる。 出会う人も、全部を自分で選べるわけではない。 それでも何ひとつ選べないわけでもない。 私たちはたぶん、完全な自由と完全な不自由の間くらいにいる。 ただ、この分岐点という考え方を眺めているうちに、ひとつ思ったことがある。 私たちは分岐点に立つとすぐに、どちらが正解なのだろうと考えてしまう。 離れるべきか。もう好きではないのか。 Aへ行けば…Bへ行けば…。 そんなふうに、未来のどこかに答えが置かれているような気がしてしまう。 でも本当は、選択の瞬間に未来なんて見えていない。 その途中で何が起こるのかも知らない。 つまり私たちは、答えを知ったうえで道を選んでいるのではなく、答えのない場所で道を選んでいる。 それなのに後になって、あのときこちらを選んだからこうなった。と人生を一本の因果関係にしてしまう。 でも本当にそうだろうか。 同じ道を選んでも、出会う人が違えば結果は違ったかもしれない。 同じ出来事でも、当時の自分と今の自分では全く違う意味を与えるかもしれない。 人生は、選択だけでできているわけではない。 偶然、他者、環境、自分の意思がものすごく複雑に絡まり合ってできている。 だから、正しい選択をすれば正しい人生になるという発想は、少しだけ自分を過大評価しているのかもしれない。 逆に言えば、人生がうまくいかなかったときその責任を全部自分の選択に背負わせる必要もない。 鳳条 暦

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