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鳳条 暦

鳳条 暦

(23)

T164 B83(E) W55 H82

 

11:00 ~ 15:00

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オゴトガイド見たとお電話ください!

電話 050-5448-9022

営業時間 11:00-24:00

  • 07/26 15:45

    来週の空き枠のお知らせ

    来週の空き枠についてお知らせです? 7/31(金) 11:00- 13:15- それ以外の日時については現時点で全て満たしていただきました?? お会いできるのを楽しみにしています! 今年のピークは8.9月になるのではないかと思うほど、バタバタしている気がするのですが、 私が去年新しい道を選ぶと決めた時に心に誓ったのは両立でした? 今の私も、これからの私も大切にしていきたいと考えております。 来週もよろしくね? 鳳条 暦

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  • 07/26 09:30

    寸謝:夏草に馴染む

    当日飛び込んできた貴方は変態紳士? ? きっと次にお会いするときは予定を立ててくれるのかしら笑 ? 時間いっぱい使っても貴方のことを全部知ることはできないからこそ、 ? 110分、私といると短く感じるよ はついつい言いたくなってしまうんです笑 ? また貴方のためにぽっかり当日にまで予約が空いてる日があれば良いなとも思います? ? 鳳条 暦

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  • 07/25 17:00

    嫌い なんじゃない

    ? 自分だけ綺麗なまま生きようとする人が嫌いだ。 ? あなたは言葉を使ったつもりなんだろう。 ? その言葉で壊れたのは、関係であり、信用であり、人を信じようとしていた気持ちだった。 ? 近づいてきたくせに、最後は全部壊して去っていく。 ? そんな終わり方をするくらいなら、最初から私の人生に入ってこないで。 ? 私は一人でも生きられる。一生いらない。 ? でも一人でいることと、誰かに壊されることは、まったく違う。 ? 人を嫌いになる才能だけが少しずつ上手くなっていく。 ? 見る目が少しだけ育ってしまったかな ? 鳳条 暦

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  • 07/25 09:15

    短話:夢調査

    自分を変えられるのは自分だけで その人にはその人の本来があります。 私ができるのは、花に水を遣るように、溜まった水を切るように、土の雑草を抜くように、人の状態を都度見極め、その人の本来を引き出すきっかけを作ることなんだと思う 人の思想を変えようとすることと、 その人の本来を引き出そうとすることは全くの別物なのかな? 鳳条 暦 ?

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  • 07/24 09:30

    寸謝

    貴方からはね、とても良い香りがします。 作り込まれたような、作り込まれていないような。 私の鼻を心地よくくすぐるから沢山抱きしめたくなるのです。 ずいぶん久しぶりだったから、 また再開できた喜びに ついつい、きゃっきゃしてしまった? 恥ずかしい恥ずかしい笑 お仕事、無理ないようにしてください?? 鳳条 暦

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  • 07/23 09:30

    短話:きっと

    あまり自分については考えないようにして生きていたい。 なるべくほかのことについて考えるようにしていたい。 ほかのことについてどう考えるかという、姿勢や考え方の中に私やあなたはいる気がするから、 その関係性が大事なのであって、わたしが誰かというのは、 じっさいにはそれほど大事なことではないのよ、きっと。 鳳条 暦 ?

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  • 07/22 09:18

    寸謝:この夏に夢をみる

    可愛いと囁く貴方、視線は耳のあたりを掠めます。 笑う私を見て、貴方も笑う。 笑顔はきっと伝染するのでしょう? 時間いっぱい向き合って、もっと貴方のことを知りたいと思います。 山でしかできない体験が貴方に広い視野をもたらしているのだと感じました。 8月はもう目の前ですね? ? 鳳条 暦

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  • 07/21 09:30

    お星さまの街

    人は社会に生きている。 会社や学校、組織という盤上で、それぞれ役割を持ち、期待され、評価される。 盤の上には秩序があり、安全がある。 生活を支える仕組みがある。 だから盤そのものを否定することはできない。 しかし、盤にはもう一つの性質がある。 盤は、役に立つかどうかでしか駒を見ない。 動けば価値がある。止まれば交換される。 逆向きに回れば異物になる。 それは仕組みとして当然なのかもしれない。 問題は、その価値観を人間自身まで信じ込んでしまうことだ。 お星さまの街 が問いかけるもの お星さまの街 には、お金も、生産性も、効率もない。あるのは、星を見上げる時間だけ。 現実から見ればそれは何の役にも立たない。 人間は役に立つものだけでは生きられない。もし役に立つことだけが人生なら、 芸術はいらない。音楽もいらない。 小説も、恋もいらない。 夜空もいらない。 けれど私たちはそれらを必要としてしまう。 なぜなら、人間は生き延びるためだけに生まれた存在ではないからだ。 星は何を象徴しているのか 私は、星とは希望だけではないと思う。 星とは、役に立たないけれど、自分を人間にしてくれるものの象徴なのだと思う。 本を読んで泣くこと。絵を見て言葉を失うこと。好きな人を思うこと。 夜にふと散歩したくなること。 雨の日が好きだと感じること。 人生について考え込むこと。 どれも生活には必要ない。 でも人間には必要だ。 星が消えたのではない。星を見る心が失われてしまった。 という言葉は、とても残酷で、そして優しい。 駒はいつ星を見なくなるのか 所詮私たちは駒なのかもしれない。 この言葉は間違っていない。 組織から見れば、人は役割を果たす存在だ。 けれど駒であることと、駒としてしか生きられないことは違う。 本当に怖いのは駒として働くことではなく、駒としてしか自分を見られなくなること。 今日はどれだけ成果を出したか。 私は役に立ったか。必要とされているか。 その問いだけで自分を測るようになった瞬間、人は少しずつ星を見上げなくなる。 大人になるということ お星さまの街 は、大人を否定していない。 現実は厳しい。働かなければ生きていけない。責任もある。 だから盤の上で生きることは避けられない。 でも大人になることと、夢を捨てることは同じではない。 現実を見ることと、星を見なくなることも同じではない。 本当の大人とは、現実を知りながら、 それでも夜空を見上げられる人なのかもしれない。 盤は利用するもの 盤上はある程度の安全は保証されているから、仕組みそのものは利用すべきかな 社会は敵ではない。組織も悪ではない。 生活を守るためには必要な仕組みだ。 だから利用すればいい。 でも自分の価値まで預けてはいけない。 盤は生活を守る場所。人生そのものではない。もし盤の外に何も持っていなければ、 盤を失った瞬間、自分まで失ってしまう。 だから本を読む。芸術に触れる。 好きな人と笑う。夜空を見る。 何気ない雨の日を好きだと思う。 そういう時間は盤の外にあるもう一つの人生 を育ててくれる。 役に立たないものが人を支える 社会は、役に立つことを評価する。 でも人を最後まで支えるのは、 案外、役に立たないものだったりする。 亡くなる直前に思い出すのは、売上や肩書きではなく、誰かと見た星空だったり、 愛された記憶だったりする。 役に立たないものを切り捨てた瞬間、人は人間であることまで失ってしまう 人は盤の上で働き、現実を生きる。 それは必要なことだ。 でもその現実だけで自分を定義してしまえば、人はいつか星を見失う。 だから必要なのは、盤を降りることではない。 盤を利用しながら、心のどこかにお星さまの街 を持ち続けること。 そこは成果も評価も届かない場所。 誰にも奪われない、自分だけの世界。 一見すると何の役にも立たないことこそが、人間をただの駒ではなく、一人の人間として生かし続ける。 あなたは最近、星を見上げましたか。 鳳条 暦 ?

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  • 07/20 17:01

    短話:いえない

    感情ってたぶん、すごく短命で。 空気に触れた瞬間から、腐敗が始まると思っている。 ? 書きたいことは沢山あるのに、なかなか簡単に出せない。こんなに日記書くけど、こんなにあ貴方様と話すけど 綺麗な言葉や比喩で整えて、それを防腐剤とするべきなんだろうけどね。 ? 如何せん、そういうのが苦手だ。 だって私の感情って、 そんなに綺麗じゃないもーん ? 鳳条 暦

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  • 07/20 09:30

    寸謝:愛言葉

    分かり合えなくても、あなたは間違っていない。 "自分は自分、人は人" それって冷たさじゃなくて、境界線のある愛なんだ 抱きしめるように近づく愛もあるけど、 「あなたはあなたのままでいいよ」 と少し離れた場所から見守る愛もある。 貴方の愛が私の背中を押すのはこれだ 鳳条 暦 ?

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  • 07/19 14:01

    寸謝:知りたい

    貴方を貴方で至らしめるものはなんなのでしょうか? 貴方が持つふわふわとした空気感。 道楽的で美術的。軽そうに見えてとても重みのある もっともっとこれから貴方のことを教えてくださいね? 8月には美術に触れる機会もあるので 少しだけ貴方にも近づけそうな気がするのです 鳳条 暦

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  • 07/19 09:16

    寸謝

    予約はね、空いている時はぽっかり空いている印象? ここだ!みたいなところに集中しているのでしょうか? もう少し小まめに空き枠の通知を入れてみようかなと思います??♀? 今回はたくさん電話をして、やっとの気持ちで会いに来てくれてありがとう?? 一緒にいる時は貴方が思っている何倍も私はリラックスさせてもらっていると思います? 極めていけるか、その先に行けるか自信はないのですが、 貴方となら新しい景色が見えてしまうのかもしれませんね 鳳条 暦

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  • 07/18 16:45

    来週の空き枠と短話

    来週分の空いている枠のお知らせです? 他の枠はすでに満たしていただきました?? 7/21(火) 11:00- 13:15- 7/23(木) 11:00- 13:15- 空いているお時間についてはお会いできたら嬉しいです?? ----- 食べて、寝て、 愛しても満たされないから、 人は人なのであって、きっと芸術が必要なんだよ 夜になると、生活に必要なものは全部そろっているのに、 なぜか心だけは満たされないことがある。 足りないものがあるからではなく、昼間は見えなかった心の余白が現れるから。 芸術はその余白を消すものではない。 未完成で良いと教えてくれる。 だから人は本を読み、音楽を聴き、考えに耽るのであろう。 ロン・ミュエク楽しみです? 鳳条 暦 ?

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  • 07/18 09:15

    短話:こんな人に出会いたかった

    会わなくても幸せだけれども 会えばより幸せになれる相手。 ? 通話をしているだけでも楽しいけど 会えばより楽しくなれるような相手 ? 君に花束みたいな愛をあげたい ? 鳳条 暦

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  • 07/17 09:30

    短話:談笑

    喜びとは、何かを手に入れた瞬間に生まれる感情ではなく、自分にとって価値のあるものに触れた瞬間に生まれる感情なのかもしれない。 同じ出来事でも喜ぶ人と喜ばない人がいるのは、出来事ではなく、その人の価値観が喜びを決めているから。 だから、何に喜ぶかを知ることは、自分が何を大切に生きているのかを知ることでもある。 喜びの概念分析、マクドナルドで談笑 なんでや、なんでなんや笑! また通う理由が増えそうです?? 鳳条 暦

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  • 07/16 16:30

    短話:教養

    ただの日常が娯楽になっていく。 ? 散歩、図書館、夕焼け、古本屋、寺の庭、雲の名前、月の満ち欠け、夏の星座、季節の移り変わり、何気なく通り過ぎる駅の歴史、 ? ささいな日常で喜べる。 ? 世界を楽しめる視点が増える ? ドーパミンに左右されないような ? そんな生き方の人を勝ち組と呼びたい。 ? 鳳条 暦

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  • 07/16 09:45

    短話:誰の胸で泣く

    私は自分で引いた道を まっすぐに進む。 自分が勝手に 選んだ道だからこそ、 その道の奴隷になる。 私は、自分で選んだ道を正解にできる人になりたい。 迷うし、立ち止まるし、本当は涙が出るほど弱い。 それでも、自分で決めた人生だけは最後まで自分で引き受けたい。 強さとは、弱さがないことじゃない。弱さを抱えたまま、それでも歩き続ける覚悟なのだと思う。 鳳条 暦

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  • 07/15 16:15

    ココシャネルの言葉2

    仕事とは、自分の存在を世界に刻むこと シャネルにとって仕事は、生活費を得るための手段ではなかった。 ? 日曜日は大嫌い。誰も働かないから ? これらの言葉から分かるのは、彼女にとって創造することそのものが、生きている実感だったということだ。 仕事は彼女を自由にした。 お金を与え、社会的な地位を与え、男性に依存せずに生きる力を与えた。しかし同時に仕事は彼女を孤独にし、多くのものを犠牲にさせた。 シャネルの仕事観を単純に美化することはできない。 仕事に人生のすべてを注ぐことは、そこにしか自分の居場所を見つけられなかった悲しさも感じる。 それでも彼女は、作ることをやめなかった。 批判されても、時代遅れだと笑われても、最後には自分が全力を尽くしたかを基準にした。 他人に褒められることは嬉しい。 けれど自分の価値をすべて他人の評価に預けてしまえば、人は簡単に自分を失う。 自分の中に評価基準を持っていた。 ? 私は全力を尽くした ? その感覚がある限り、外の声に揺れながらも完全には折れない。 本当の自信とは迷いや批判の中でも自分のした仕事に責任を持てることなのかもしれない。 ? ? お金は、自由を買うためのもの シャネルにとってお金は、単に贅沢をするためのものではなかった。 ? 物をあれこれ買うなんて考えもしなかった。自分の自由を買わなくてはならなかったから ? この言葉がとても印象に残った。 お金があれば、嫌な場所から出ていくことができる。お金は自分の人生の主導権を守るための力だった。 自由は美しい言葉だけれど、現実にはお金が必要になる。 選択肢を持つこと。 感情や理想だけでは足りない。 ? ? 強い女性とは弱さを失った人ではない シャネルの言葉には、強さを求める姿勢が何度も現れる。 この本を読んで感じたのは、彼女の強さは弱くないこと ではなかったということだ。 彼女は孤独を感じた。愛する人を失って深く傷ついた。人を怖いと思い、自分の不幸を知られたくないと思った。他人の言葉に影響されやすい自分を知っていた。 強い人とは傷つき、迷い、誰かを求めながらも、そのたびに自分の人生を選び直す人なのだと思う。 ? 女性は強さではなく、弱さを楽しまなくてはならない ? これもおそらく、女性は弱くあるべきという意味ではないだろう。 強さだけを鎧のように身につけなくていい ということなのだと思いたい。 何でも一人でできるふりをしなくてもいい 傷つかないふりをしなくてもいい 頼りたい気持ちや、寂しさや、揺らぎまで、自分の一部として認めたい。 弱さを隠すために強くなるのではなく、弱い自分も抱えたまま立っていられること。 それが本当の強さなのかもしれない。 シャネルの強さには、そうした人間らしい弱さがあったからこそ、ただ冷たいだけではない魅力が宿ったのだろう。 ? ? 何によって記憶されるのか この本の終わりに近づくにつれて、シャネルの言葉は、成功や仕事、美しさの話から、人生そのものへの問いへ変わっていく。 ? 人が何を残せるのかといえば、人生のなかで何を考え、何を愛してきたかということだけ ? 私はこの言葉が、この本全体の結論のように感じた。 私たちは誰かがどれほどお金を持っていたか、どれほど高価なものを身につけていたかを、いつまでも覚えているわけではない。 けれど人がどんな信念を持っていたか。 何を許せなかったか。何に心を動かされ、何を愛したか。 そうしたものは、その人がいなくなったあともきっと周りの人の中に残り続ける。 人間は思想や愛し方によって記憶される存在なのかもしれない。 シャネルが残したものは、服やバッグ、香水だけではない。 彼女が残した最大のものは、ひとつの生き方だった。   ? 女性としての自分を考えた 私はこれまで、人としてどうありたいか を考えることはあっても、 女性としてどうなりたいか を深く考えたことはあまりなかった。 女性であることを、外見や恋愛、結婚といった枠組みの中だけで考えたくなかったからかもしれない。 けれどこの本を読んで、女性として生きることは誰かに好かれるための形に自分を整えることではないのだと思った。 女性として美しくあることは、弱く見せることでも、若さにしがみつくことでも、男性に選ばれることでもない。 誰かを深く愛しても、自分の人生まで明け渡さないこと。 助けられたことを恥じず、受け取ったものを自分の力へ変えること。 自分の弱さまで否定しないこと。 誰も必要としない女性になってはいけない。 誰かを愛し、必要とし、支えられることがあっても、自分の足で立ち続けられる女性になりたい。 自分で自分を選べる女性になりたい。弱さを持ちながらも、その弱さを理由に自分を諦めない女性でありたい。 私は以前、 自分の選んだ道を正解にできるくらい強い女になりたい。本当は、涙が出るくらい弱いのに と思ったことがある。 この本を読み終えて、その強い女 という言葉の意味が少し変わった。 強い女とは本当は弱く、泣き、間違い、誰かを必要としながらも、自分の人生を何度でも選び直す人なのだと思う。 誰かの期待どおりではなく、自分の感性に誠実に生きること。 それが自分の選んだ道を正解にしていくということなのだと思う。 シャネルは、一度も私はいつも正しかった  と証明しているようには見えなかった むしろ選び続けた と語っていたのか 愛することを選び、別れることを選び、働くことを選び、孤独を選び、再び立ち上がることを選んだ。 人生とは選んだ道を自分の思想と覚悟によって生き切ることなのかもしれない。 ? ? おわりに 彼女は生まれながらに完成された女性ではなかった。 気に入らない人生から逃げず、何度も壊し、選び直し、自分自身を作り続けた女性だった。 大切なのは自分の人生における嫌いを知ること。 与えられた人生をそのまま受け入れるだけではなく、自分の手で作り直していくこと。 シャネルが服を作ったように、私たちもまた、自分という作品を毎日少しずつ作っている。 そして私にとっては初めて、人としてどう生きたいかだけではなく、 一人の女性として、どのように美しく、強く生きたいかを考えるきっかけを与えてくれた本だ 素敵な本を紹介してくれて、本をプレゼントしてくれてありがとう?? 勧めてくださった貴方は男性だけど、 貴方が惹かれた気持ちがほんの少しだけ理解できた気がします? いつかまた貴方と話せますように ? 鳳条 暦

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  • 07/15 10:02

    ココシャネルの言葉1

    嫌いなことに忠実に生きる ? この本は単なる名言集でも、ファッションや成功について書かれた本でもなかったのだと思う。 これは、自分に与えられた人生が気に入らなかった一人の女性が、自分自身をひとつの作品として作り上げていった記録 ? ? シャネルの言葉はときに鋭く傲慢で、冷たくさえ聞こえた。 ? かけがえのない人間であるためには、人と違っていなければならない ? 私は私の人生を作り上げた。なぜなら、私の人生が気に入らなかったからだ ? 私は確かな嫌悪の精神をもっている ? これらの言葉はただ前向きに生きることを勧める、優しい励ましに感じられなかったけれど、 人と違うことを恐れず、自分の人生に責任を持ちなさいと迫ってくる。 シャネルの言葉には少し怖さを感じた。 憧れるだけなら簡単だけれど、その生き方を本当に自分のものにしようとすると、嫌われることも、失敗することも、孤独になることも引き受けなければならないからだ。 その厳しさこそがこの本の魅力なのだと思う。 ? 好きではなく、嫌いに忠実に生きる ? 姿勢はシャネルの人生と仕事の根に流れている。 普通、人生を豊かにするためにはおそらく好きなものを見つけよう と言われる。 しかしシャネルは、自分が何を嫌うのかをはっきり知っていた。 女性の身体を締めつけるコルセットが嫌いだった。ものの値段によって自分の価値を証明しようとする態度が嫌いだった。 流行に従うだけの服も、若さだけを価値とする考え方も、女性が男性に養われることを当然とする社会も嫌った。 その嫌悪を彼女は愚痴のままにしなかった。 嫌いだから、捨てた。別のものを作った。 自分の美意識を形にした。 黒を喪服の色から洗練の色へ変え、女性が自由に歩き、働き、呼吸できる服を作った。 嫌悪とは他人を否定するための感情ではなく、 これは違う と言えること。 皆が選んでいるから という理由だけで、自分の感覚を裏切らないこと。 嫌いなものを知ることは、自分が何を守りたいのかを知ることでもある。 嫌悪を破壊だけで終わらせず、創造へ変えた。そこに彼女の本当の強さがあるのだ   ? 美とは自分を粗末にしないことだった この本の中で語られる美は顔立ちや若さ、身体の細さといった表面的なものではなかった。 美とは自分をどう扱うかという問題 ? 醜さは許せるけれど、だらしなさは許せない  ? この言葉には、シャネルの美意識が凝縮されている。 生まれ持った顔や身体は選べない。年齢も重ねていく。人には欠点があり、弱くなる日もある。しかし自分をどうでもいいものとして扱うかどうかは、自分で選ぶことができる。 香水もまた、シャネルにとって目に見えない美しさだった。 服や宝石は目に見えるが、香りは近づいた人にしか届かない。 人が去ったあとにもわずかな余韻として残る。 美しさとは近づいた人の記憶に静かに残るものなのかもしれない。 何かを際限なく足していくことではなかった。 余計なものを削り、自分に必要なものだけを残すことだった。 それは単なる禁欲ではない。 自分にとって何が本当に必要なのかを知っていることが美しいのだと思う。 本物の贅沢とは、物や流行に自分の価値を保証してもらわなくても立っていられることなのだろう。 ? ? 愛されても、自分を手放さない この本の恋愛についての章を読んで感じたのは、シャネルは愛を必要としなかった強い女性 では決してなかったということだ。 彼女は深く愛し、深く傷つき、愛する人に父や兄や家族のようなものまで求めた人だ アーサー・カペルを亡くしたとき、シャネルはすべてを失った と語った。 その言葉からも彼が恋人というだけでなく、理解者であり、彼女の人生を支える土台のような存在だったことが分かる。 シャネルは男性たちから多くのものを受け取った。愛、支援、知性、階級社会の文化、芸術、美意識、世界へ出るための機会。 与えられたものの上に座り込んで生きることはせず努力した。 受け取ったものを自分の感性で分解し、服にし、スタイルにし、自分自身の名前で世界に返していった。 シャネルの自立は誰にも頼らないこと ではなかったのだと思う。 人に愛され、助けられてもいい。誰かを必要としてもいい。 ただしその人の所有物にはならないこと。 支えてもらった場所にとどまり続けるのではなく、受け取ったものを自分の力へ変え、最後には自分の足で立つこと。 ? あなたを愛しているかどうかは、私が独立できたときにわかる ? この言葉はとても残酷で同時に誠実だ。 依存しているとき、人は相手を愛しているのか、それとも必要としているだけなのか分からなくなる。 寂しさを埋めてくれるから一緒にいるのか。生活を守ってくれるから離れられないのか。自分に価値を与えてくれるから求めているのか。 それともひとりでも生きられる状態になってなお、その人を選びたいのか。 自立したあとにも残る感情こそが、愛なのかもしれない。 シャネルの強さは、男性を必要としなかったことではない。必要とし、影響され、傷つきながらも、自分の人生を決める権利だけは渡さなかったことにある。 誰かと一緒にいるために、自分の才能や仕事を諦めない。 愛を檻から翼に変える。 彼女にとって本物の愛とはその人の可能性を外へ押し出すものだったのだと思う。

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  • 07/14 19:30

    短話:好きで嫌い

    誰にでもわかりやすい魅力をもっている人じゃなくて、ほとんどの人からは気づかれない独特の、奥にすごい魅力のある人。 ? 魅力って何だろう ? 人は結局、魅力そのものに惹かれるんじゃなくて、自分の感性に触れるものに惹かれるのかもしれない。 同じ人を見ても、ある人は何も感じず、ある人は忘れられない存在になる。それくらい、人と人は合う、合わないが大きい。 ? だから人にがっかりすることもある。期待して、気を遣って、わかってもらえると思ってしまう。でもその期待は相手の中には最初から存在していなかったのかもしれない。 ? 気を遣った分だけ見返りを求めてしまうと、人間関係は途端に苦しくなる。優しさが取引みたいになってしまうから。 ? 人と人はどれだけこねくり回しても交わらないような、お互いに違う世界を生きている。だからこそ、無理に理解されようとするより、そのままの自分でいても自然と心地いいと思える相手に出会えたら、それだけで十分なのかもしれない。 ? 魅力って、たくさんの人に愛されることじゃなくて、たった一人の感性に深く届くことなのかもしれない。 ? 鳳条 暦

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  • 07/14 09:15

    短話:夜間飛行について

    サン=テグジュペリ作品 ? 彼は飛行機乗りの作家だそうで、 空の表現に惹かれました。 小説内で天候が悪くなっていくことがよくある それを夜が果肉のように腐り始める と書き、 飛行機乗りの夫の帰りを待つ妻を慰める存在として、月が羊飼いのように散歩している  と書く まだ全然読めていませんが、 鳳条 暦

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  • 07/13 09:45

    レベル999.9

    また楽しみが増えてしまって?? また約束が増えました? 毒気を抜かれるような貴方の癒しっぷりには私の頬にも自然に笑みが宿ります 20の質問の答えも気になるし、東京には仕事で行くのに貴方に話すためウロウロしたいな ? と思っていたらこの日記は東京から帰ってからの投稿となりました。 ----- 合わせ鏡と山びこ この世は合わせ鏡か山びこか 我になき理はうつることなし 目は、目そのものを見ることができない。まぶたの裏側に隠れた小さな器官は、外界のあらゆるものを映しながら、自分自身の姿だけは決して捉えられない。見るためには鏡という他者が要る。ガラスの表面に銀を貼りつけただけの、ただの物質が要る。 私という現象も、 同じ構造を持っているのではないか。 私は私を直接見ることができない。だから世界がある。現実という名の鏡が、私を映し返すために置かれている。目の前に広がる山も、街も、すれ違う他人の顔も、雨の匂いも──それらすべてが、実は私の裏側なのかもしれない。 世界=私を映す鏡。世界=私の現れ。 そう思った瞬間、目眩がした。私が世界を見ているのではない。宇宙が、自分自身を私 という一点を通して見ている。 私は観測者ではなく、宇宙が自分を確認するための、無数にある覗き穴のひとつにすぎない。 これがこの世界がつくられた理由だとしたら。世界の目的は、 ただ一つ──「私」を「私」自身に見せること。 --- 鏡という比喩には、ひとつの?が混じっている。 鏡は対称だ。私が右手を挙げれば、鏡の中の私は左手を挙げる。時間差はない。呼応は即座で、完全で、そこに遅れはない。だが実際の私と世界の関係は、そんなに行儀がいいものだろうか。 冒頭に置いた歌が、鏡だけでなく山びこを呼び出したのには理由がある。山びこは鏡ではない。声を発してからそれが谷にぶつかり、質量を持った空気を震わせ、遅れて、少し歪んで、こちらへ還ってくる。合わせ鏡が即時の相似だとすれば、山びこは遅延した反響だ。 だとすればこう考え直せる。私は世界を見て、その場で自分を知るのではない。私は世界に向かって、何かを投げかけている──声にならない声、行い、選択、傷、愛し方の癖。 それが世界という谷にぶつかり、少し時間を置いて、少し形を変えて、私のもとへ谺として還ってくる。他人の反応、起きた出来事、繰り返される人間関係のパターン。それらはすべて、 かつて私が投げたものの、遅れた木霊なのかもしれない。 私の内に無い道理は、決して映らない。鏡であれば、これは静的な真実だ。私に無いものは、この一瞬、映りようがない。だが山びこであれば、これは動的な真実になる。私の内に無い理は、いつまで待っても谺として還ってこない。逆に言えば、還ってきたものはすべて、かつて確かに私の内にあった何かの痕跡だということになる。 --- 西田幾多郎は、自己が自己を知るということそのものが、自己を自己から分離させ、映し合わせる運動によってしか成立しないと考えた。 見る者と見られる者が同一でありながら、同一であるがゆえに直接には出会えない──その矛盾を彼は自覚と呼んだ。 華厳仏教が説く因陀羅網もまた、無数の宝珠が互いを映し合い、一つの珠の中に全宇宙が映り込むという世界像を描いている。 ライプニッツのモナドも、窓を持たないまま、内側に宇宙の全体を畳み込んでいるとされた。 洋の東西を問わず、優れた知性たちは同じ場所に別々の道から辿り着いていたのかもしれない。 私と世界は、向かい合う二つの実体ではなく、ひとつの運動が二つの名前を持っているだけなのだ と。 --- 私は宇宙そのものであり、同時に宇宙にとってはまだ聞き終えていない反響でもある。世界は私を映す鏡であり、同時に、私がかつて放った声がまだ谷を渡っている途中の、山びこでもある。 宇宙は私を通して自分を見ているのではなく──おそらく、まだ自分を聞き終えていない。私という一点から放たれた谺は、今もどこかの谷にぶつかり続けていて、還ってくるたびに、少しずつ形を変えながら、宇宙にお前はこういうものだったのか と教えている。 私が世界を見ているのではない。世界が、私を通して、まだ鳴り終わらない自分自身の声を、聞いている途中なのだ。 鳳条 暦 ?

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  • 07/12 21:29

    短話

    ちょっと寂しい。 それぐらいの人間関係を続けられるのが大切っていってましたよね。 そもそも私たちって自分がすごく寂しいんだってことも分かってないんだろうね。 読み始めます?? 鳳条 暦

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  • 07/12 09:00

    短話:蜜

    どんなにつまらない本でも必ず何か言いたいことがあり、何かしらの真実がある。 一見つまらないものの中にも、誰かが伝えたかった芯がある 本は人の人生が詰まっている。それはきっと蜜の味。 その全部が、その人が生きた証で。 つまらない本にさえ、どこかに一滴くらいは、その人だけの蜜が残っている。 そう思うと、本を読むことってすごく贅沢だね。 人生を一冊分、こっそり味見する。 鳳条 暦

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  • 07/11 16:20

    短話とお知らせ

    先にお知らせです? 普段は出勤しない日曜日に1枠ですが、出勤することにしました? ? 19(日) 11-13 ? たまたまですが、お時間が合えば嬉しいです?? ? ? キルアは「ゴン お前にあえて 本当によかった」と思ってるけど ? イカルゴは似た感情をキルアに抱いていて、 ? でもゴンもキルアもすごく特別な何かを相手にしてあげたつもりはないだろう。 ? その人の当たり前に救われる誰かがいて、 その誰かもまた別の誰かの光になってるっていうのがね、 素敵だなって思うんです?? ? 鳳条 暦

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  • 07/11 09:30

    大切な何かが壊れた夜

    台風様が人生で初めて良い仕事をしてくれた気がします。 でも貴方様曰く、今日会うことは地球が始まる前から、この宇宙ができる瞬間から決まっていたと なんとまあロマンチック?私はこういう考えができるところ大好きです。 きっと次ももう貴方様の中でも決まっている出来事なんでしょうか? 貴方の1ページに私の名前が残りますように。 ----- 雨の日の1日中夜のような雰囲気が好きです。 雨の日、世界は一日中夜になる。 夜という時間の本質は、誰にも見られていないという感覚にある。昼の間、わたしたちは社会という舞台の上で、期待された役を演じている。生産的であるべき自分、機能しているべき自分。その視線から逃れられるのが夜だ。誰も見ていない。だから、素のままでいい。 雨はその夜的な許可を、昼の領域にまで持ち込んでくる。空が閉じ、光が沈み、外に出る理由が消える。世界そのものが縮小し、静かになる。 そしてそこにひとつの言い訳が生まれる??今日は雨だから 怠惰ではない。それは、罪悪感という裁きの声から自分を守るためのひとつの技術。怠けている自分を、自分自身の性質のせいにせず、外側にある雨という現象のせいにする。これは弱さではなく、生き延びるための知恵に近い。天候を盾にすることで、わたしたちは自己嫌悪の刃から、そっと身をかわす。 夜にこそ本領を発揮できる人間にとって、雨の日は特別な意味を持つ。 それは普段なら夜まで待たなければ現れない本来の自分が、日中から堂々と存在を許される日だ。怠惰の免罪符であると同時に、ずっと隠れていた素の自分が、昼の光の下でも生きていられる、一種の解放の日。 鳳条 暦

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  • 07/10 13:43

    短話:?

    数学を頑張ってたら数学脳になってくるし、 短歌に触れてたら短歌脳になってくるので、 嫌なことを考えたり自分はダメだと思わずに、 楽しいことや好きなことに触れ続けて幸せ脳になった方がいい 鳳条 暦

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  • 07/10 09:15

    短話

    どうか、神様。 いや、神様なんかにお願いするのはやめよう。 どうかどうか、私。これから先の人生、 他人を愛しすぎないように。 愛しすぎて、相手も自分もがんじがらめにしないように 鳳条 暦

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  • 07/09 09:06

    短話

    本を開いてるときだけは、 心配事を閉じられるからね ? 本を開いたら 穏やかにいれるかな ? いただいた本まだ半分です? ? 鳳条 暦

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  • 07/08 09:15

    短話

    色んな人が「良い」と言ってても自分には刺さらない、 自分には新しさがない、美しいと感じない、 みたいな感覚をとても大事にしてる そんな自分も大切にする 鳳条 暦

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  • 07/07 09:30

    短話:脳裏

    ?命は勝手に始まって、勝手に終わるもの。だから好きにやればいい。 ? 人も、言葉も、景色も。愛せるものは、できるだけ愛していたい。一つも取りこぼしたくない。 ? もし天国がないなら、この世界が最後の居場所だ。この世界ごと愛して、誰かの手を握ったまま、静かに息を止めたい。 ? 一人に一つ与えられてしまった命だから。 ? その温度を知ったまま、この人生を終えたい 鳳条 暦

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  • 07/06 17:30

    大罪の魔女

    満たされなかった願いは やがて祈りではなく呪いになった。 誰かに愛されたかった。 誰かに認められたかった。 誰かの輝きが、どうしても憎かった。 その小さな願いは最初から罪だったわけではない。叶わないまま胸の奥に沈み続けた願いは、いつしか黒く濁り、形を持ち、彼女たちのもとへ聖遺物として現れた。 それは救いではなかった。 彼女たちにとっては確かに祝福だった。 傲慢は、自分を見下した世界に跪くことをやめた者の王冠。 色欲は、愛されなかった身体が愛を支配しようとした果ての香り。 強欲は、奪われ続けた者がもう二度と失わないために伸ばした手。 彼女たちは恐ろしくも美しい。 その罪の奥にはかつて確かに傷ついた少女がいるから。 怪物になったのではない。 禁忌の祝福を受けた彼女たちはもう誰にも救われない。もう誰にも壊されない。 黒い聖遺物とは、救済されなかった願いの成れの果て。 彼女たちの美しさは清らかさではなくて、壊れたものが最後に放つ光 鳳条 暦

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  • 07/05 18:02

    短話:その日その日に、必ず1人天使がいる

    きっとそれはコンビニの店員であったり、タクシーの運転手だったり、道ですれ違うような人であったり、画面の中のアイドルだったり、もう二度と会えない誰かだったりするのだろうけど、 そうやって生き繋がせてもらった一日があったこと、忘れたくないなと思う 天使はいる 鳳条 暦

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  • 07/05 12:32

    この時代の夜明け

    間に合った?間に合ってない?笑 いいえ、結果オーライです??間に合ってます?? いつの間にか貴方様の誕生日?ケーキは1人で食べるよりもほんのり甘く感じたんです?? これからなんて曖昧な未来よりも貴方と過ごす今度が今は楽しみなんです。 ----- 幸せって悲しいの? 宮沢賢治は暗闇の中で、夜と死の世界で、一生懸命に幸せを描こうとして泣いている。そんな気がした。 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない 幸せとは明るいものだけなのだろうか。 宮沢賢治の描く幸福には、どこか悲しみが滲んでいる気がする。 それは満たされた人が穏やかに微笑む幸福ではなく、暗闇の中で夜と死の気配に包まれながら、 それでも誰かの幸いを願おうとする幸福 銀河鉄道の夜 の世界は美しい。 けれどその美しさはただ綺麗なだけではない。星は遠く、夜は深く、汽車はどこか死の国へ向かっているようでもある。 その中でジョバンニたちはほんとうの幸いとは何かを探している。 その答えは簡単には出てこない。 誰かのために生きること。誰かを救うこと。自分を差し出すこと。 それらは美しいけれど、同時にとても悲しい。 だから幸福を描こうとして泣いているように感じる。 幸せを信じたいのに世界にはあまりにも悲しみが多い。 誰かの幸福のそばには誰かの孤独がある。 誰かの救いのそばには、誰かの犠牲がある。 そのことを知ってしまった人にとって、 幸福はただ明るい言葉ではなくなる。 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない 自分だけ幸せになることを責めているのではないと思う。 自分の幸せは自分ひとりの中だけで完結しないということなのだ 自分が笑っていても、大切な人が泣いていたら、その笑顔は完全なものではなくなる。 人は自分ひとりで幸せになることができない。私たちの心は誰かとつながってしまっているからだ。 それはきっと誰かの悲しみを自分には関係ない と切り捨てない世界のことだ。 誰かの痛みに気づいたとき、ほんの少しでも手を伸ばそうとする世界のことだ。 完全な救済ではなくても見捨てないこと。 その小さな祈りの集まりが、世界ぜんたいの幸福に近いのかもしれない。 銀河鉄道の夜では、ほんとうの幸いとは何かがずっと問われている。 ジョバンニもカムパネルラも、誰かのために自分を差し出すような思いを語るけれど、同時に ほんとうのさいわいは一体何だろう とはっきり分からないまま進んでいく。幸福を断言するのではなく、暗い夜の中で涙をこらえながら探している。? 幸せとは悲しみを知らないことではなく、悲しみを知ってもなお、誰かの幸いを願える心 鳳条 暦

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  • 07/04 17:04

    短話:すごい

    Samantha Frenchによる油絵。 水中でしか体験できない静かで深い内面の時間をキャンバスに精巧に捉えて表現するアメリカの画家。 ? 美術には疎い。言葉にはできないがすごい ? 鳳条 暦

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  • 07/04 09:15

    誰も彼も最初に抱いた気持ちを忘れてしまう

    貴方の好きは重くない。大好きも重くない。 普段なら違和感を感じる場面がスムーズに流れる時間に私の頭にもハテナが浮かぶのです。 貴方の言葉には温かい気持ちが沢山こもっているのに、どうしてか負担に感じない。 いつまで続けるの?なんて聞く貴方に 私は具体的な数字を答えたのだけれど、 貴方が飽きるまでって答えるべきだったのかな?笑 来月は時間無制限でよろです?? ----- 当たり前は、何気なく繰り返される日々の中に静かに隠れている。 朝が来ること。 誰かとおはよう と言葉を交わせること。 帰る場所があること。 食事をして、眠って、また明日を迎えられること。 そういうものはあまりにも自然にそばにあるから、私たちはいつの間にかそれを当たり前 と呼ぶようになる。 けれど本当は、当たり前なんてものはきっとひとつもないのだと思う。 今ある景色も、今そばにいる人も、今の自分でいられる時間も、永遠に同じ形で続くわけではない。 変わらないように見える日々も少しずつ形を変えている。 昨日と同じように見える今日でさえ、本当は二度と戻らない一日で、今ここにあるものは、いつか必ず「思い出」と呼ばれる場所へ移っていく。 忘れてしまう。 そばにあるものほど見えにくくなる。 近くにいる人ほど、いてくれることに慣れてしまう。 続いている日々ほど、これからも続いていくような気がしてしまう。 何気ない会話も、いつもの笑い声も、同じ道を歩く時間も、見慣れた後ろ姿も。 その最中にいるときはそれがどれほど大切なものなのか、なかなか気づけない。 人はきっと、失いそうになって初めて当たり前の尊さを知るのだと思う。 あれは幸せだったのだと。 何でもないと思っていた時間こそ、人生の中でとても大きな幸福の粒だったのだと。 派手な出来事ではなくても、誰かに誇れるような特別な瞬間でなくても、日々の中に何度も何度も繰り返されていたものこそ、本当は自分を支えていたのだと。 幸せはいつも大きな音を立ててやってくるわけではない。 むしろ幸せはとても静かだ。 当たり前の顔をして日常の中に座る 気づかれなくても怒らず、見過ごされてもそこにいて、私たちがふと立ち止まったときにだけ、そっとその存在を知らせてくれる。 「足るを知る」は何かを諦めることでも、欲を持たないことでもないと思う。 もっと上を目指すことも、何かを望むことも、決して悪いことではない。 人は願うから進めるし、足りないと思うから変わっていける。 けれどまだ足りないものばかりを数えていると、すでに与えられているものの光を見落としてしまう。 足るを知るは今あるものをちゃんと見ること 足りないものを追いかける前に、すでに自分の手の中にあるものを丁寧に見つめること。 誰かの優しさ。 自分を待ってくれる場所。 何度も乗り越えてきた過去。 まだ動いてくれる身体。 今日を終えられるだけの心。 そういうものを、当たり前の箱にしまい込まずに、これはありがたいことなのだと、何度でも思い出すこと。 もちろん、普通に生きていたら忘れてしまう。 毎日は忙しくて、心はすぐに不安や不足の方へ引っ張られる。 もっとこうだったら。 あれがあれば。 あの人みたいになれたら。 まだ足りない、まだ届かない、まだ満たされないと、知らないうちに今を置き去りにしてしまう。 人はいつも感謝だけで生きられるほど、きれいにはできていない。 慣れてしまうこともある。 雑に扱ってしまう日もある。 近くにありすぎて、大切さがわからなくなることもある。 でも、ふとした瞬間に思い出せたらいい。 ああ、これは当たり前ではなかったのだと。 今日も無事に帰ってこられたこと。 誰かの声を聞けたこと。 小さく笑えたこと。 痛みや不安を抱えながらでも、なんとか一日を越えられたこと。 その一つひとつが、人生の中で確かに光っているのだと。 今あるものに感謝できる人は、きっと人生を貧しくしない。 幸せとは、いつも手に入れるものではなく、気づき直すものなのかもしれない。 すでにそばにあったもの。 ずっと支えてくれていたもの。 あまりにも自然で、名前をつけることさえ忘れていたもの。 それらをもう一度見つめたとき、当たり前だった日々は、突然かけがえのないものとして輝き出す。 貴方の人生に、これからも足るを知る 心が在りますように。 足りないものを求める強さと、今あるものを愛せる優しさ。 そのどちらも失わずにいられますように。 何気なく過ぎていく日々の中にある美しさを、見失わずにいられますように。 当たり前とは幸せが日常の顔をして そばにいてくれること 鳳条 暦

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  • 07/03 19:23

    短話

    最近食べた中で1番美味しいポテトチップス? 弱点はこの後甘味が欲しくなること? 鳳条 暦

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  • 07/03 09:15

    よく喋る子だね

    ※現時点での予約可能日時は 8(水).9(木)11:00-、13:15-になります。 会える方に届きますように? ----- ? 貴方は優しい。不器用な優しさで、 この場で最も優れた優しさの形です。異論は認めます。 朗らかに肩の力を抜く貴方の隣に入れることが何より嬉しい?? 貴方とベットの上でゴロゴロしていると、家のリビングのような安心感を覚えてしまいました笑 わたしは私自身を大切にしつつ、貴方との時間を大切にできる余裕を身につけなくては… 生き急ぐ私をどうか抱きしめて、引き留めてくださいね ----- 「みんなに優しいって、結局誰にも優しくないよ」 そう言われたことがある。確かに偽善かもしれない。 でもそのときはなんだこいつ と思った。 簡単に言うなよ 人の優しさをそんな一言で裁けるほど、あなたは何を知っているのだろう と。 けれどそう思えたことに少し安心した。 ああ、私はちゃんと腹を立てられる。 聖人なんかじゃない。 誰にでも優しくできるほど、きれいな人間ではない。 そう思えるほど、自分が優しくなくて良かった。 なんて、優しくない理由を探して安心するほど、きっと優しかったのかもしれない。 優しさというものは、思っているよりずっと難しい。 誰かに手を差し伸べることが優しさになるときもあれば、 手を出さないことが、その人を尊重する優しさになるときもある。 本当のことを言うのが優しさになるときもあれば、 黙って隣にいることだけが救いになるときもある。 だから、正しい優しさを述べることは、 同時に、誰かの生き方や誰かがどうにか生き延びてきた術を否定してしまうことにもなるのではないかと思う。 その人は、その人なりの仕方でしか、 人に触れられなかったのかもしれない。 その優しさは不器用で、偏っていて、時には相手を傷つけたかもしれない。 それでも、それがその人にとって精一杯の愛し方だったなら、 他人のものさしだけで それは優しさではない と決めてしまうことは、ものすごく難しい。 誰かがもう優しくなくていいよ と言ってくれたら、 少し楽になれたのだろうか。 肩の荷がおりたような顔をして、 ようやく自分を許せたのだろうか。 嘘つけ。 そういう自分から逃れられない。 荷物を下ろせないんじゃない。 本当はもう、下ろしたくないのだ。 その優しさが重いことも知っている。 時々、自分を削ることも知っている。 勝手に傷ついて、勝手に期待して、 勝手に報われなかった気持ちになってしまうこともある。 それでも、その優しさがなければ、 自分でいられないのだと思う。 ふふ。よく喋る子だ でもね、優しくするって、 誰かのためだけにしているようでいて、 実は自分の生き方を肯定することでもあると思う こういうふうに世界と関わりたい。 こういうふうに人を見ていたい。 まだ冷たくなりきりたくない。 そういう、自分への誓いみたいなものが、 優しさの中には少し混ざっている。 優しさが好きだ。 きれいごとだけじゃないところも、 面倒くさくて、重たくて、時々ひねくれていて、それでも結局、誰かの痛みに気づいてしまうところも。 自分の優しさを好きでいてほしい。 でも、優しさに呪われないで。 優しくできなかった日まで、罪にしなくていい。 誰かを救えなかったことまで、自分の失敗にしなくていい。 優しさを持っていることと、 すべてを背負わなければならないことは違う。 優しさが縛るものになってしまうなら、 それはもう優しさではなく、呪いに近い。 それでも、優しさの中にはエゴもある。 「優しい自分でいたい」 「誰かに必要とされたい」 「傷つける側になりたくない」 そういう気持ちが混ざることもある。 それは悪いことではない。 人間の優しさなんて、たぶん最初から少し濁っている。 完全に純粋な優しさだけで人に触れられる人なんて、きっとどこにもいない。 ただ、そのエゴに対してはちゃんと責任を持てばいい。 優しさのふりをして誰かを縛らないこと。 救いたい気持ちで、相手の自由を奪わないこと。 自分の寂しさを、相手への献身にすり替えないこと。 優しくすることは、素敵なことだと思う。 でも、優しさに気づくこともまた、 同じくらい素敵なことだと思う 誰かが差し出してくれた小さな気遣い。 言葉にしなかった我慢。 見返りを求めずに整えてくれた場。 何でもない顔で、こちらを傷つけないように選んでくれた沈黙。 そういうものに気づける人でありたい。 優しさはする側だけのものではない。 受け取る側にも、見つける側にも、ちゃんと優しさがある。 優しくする人間でありたいと願うだけではなく、優しさに気づく側の人間の、その優しさにもちゃんと気づけるようになりたい。 優しさを背負うだけではなく、 優しさを見つけられる人でいたい。 誰かの優しさを、当たり前にしない人でいたい。 そしてその厄介で愛しい優しさを、 呪いにしないまま、ちゃんと生き方として抱きしめていけたらいい。 鳳条 暦

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  • 07/02 09:30

    とっても涼しい

    施術者として人気が出ると生霊がつく?学校の更衣室で先輩たちが彼女たちの友人について談笑? 幽霊とかダメなんですが、この手の話は大好きです。 生霊は、なぜ人気者に憑くのか 幽霊より怖いものがある。それは今この瞬間も生きている誰かの念だ。 生霊とは、強い感情が肉体を離れて漂うものとされる。嫉妬、執着、羨望??死者の怨念と違うのは、送り主が今日もどこかで笑って生活しているという点だ。 本人に自覚がないケースも多い と言われている。 無意識に放たれた念ほど、きっと質が悪い。 では、なぜ施術者に集まるのか。 施術者という存在は特殊。予約が取れない、あの人だけ贔屓されている、なぜ自分じゃなくて??そういう感情の的になりやすい構造を、職業として持っている。人気が出れば出るほど、見えない矢が増える。 民間伝承的な語りでは、強く意識を向けられた人間の気は乱れ始めるという。原因不明の体調不良、なんとなく重い感覚、妙な疲労感。施術者に多い と噂されるのはそのためだろう。 ここで少し背筋が冷えることを言う。 心理学的に見ても、強い感情を向けられ続けた人間が消耗するのは事実だ。? ただそれを疲れた と片付けるか憑かれた と呼ぶかの違いにすぎない。生霊という概念は、目に見えない人間関係の暴力に、古い時代の人々が付けた名前なのかもしれない。 怖いのは幽霊じゃない。 貴方のことを、名前も知らずに憎んでいる誰かが存在しうる という事実。 今日は上手に眠れるかしら笑 鳳条 暦 ?

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  • 07/01 09:45

    暦は甘やかす攻撃を放った

    今日はいっぱい貴方を撫でたかったんです。 頑張りすぎる貴方の上にも傘をさしたかった。 守りたいと思ったんです。 他愛もない話も面白い愚痴もたくさん話して欲しい?? 肩までお風呂に浸かるんだよ〜といつも甘やかしてくださるから笑 たまには私にも甘やかし役をやらせてくださいね。 来月も楽しみにしています。 ----- 眠れない夜が はじまったら 心が もつれる前ぶれです 眠れない夜が はじまったら 日傘を買って あたまにかざし 日の射すほうに あるきましょう? 眠れない夜はただの不調とか孤独としてではなく、心が次の形に変わろうとしている前ぶれとして見る 眠れない夜は何かが起きている夜 身体は眠ろうとしているのに、心だけがまだ起きていて、昼間は見ないようにしていたもの、気づかないふりをしていたもの、言葉にならなかった違和感が、静かな時間にほどけ始める。 ほどけるというよりもつれる 考えが整理される前にまず絡まる。 不安、期待、後悔、願い、怒り、寂しさ、これから変わりたい気持ち。 一気に出てくるから眠れない夜は苦しい。 だけどその苦しさは、必ずしも悪いものではなくて、心が今の場所に収まりきらなくなっている合図 苦しいからなんとかしてよって私は思う時もあるけど 眠れない自分を責めない優しさがある。 眠れないなんてだめだ ではなく、 心が何かを知らせようとしているんだ と受け止める感じ。 光は救いだけど、同時に眩しすぎるものでもある。明るい方へ行くことは、簡単な前向きさではない。 変化すること、希望を持つこと、現実を見ること、朝を迎えること。 それらはたしかに救いだけど、心が弱っているときには光がね、痛い。 だから日傘をかざす。 全部の光を浴びなくていい。急に元気にならなくていい。眩しすぎる希望から自分を少し守りながら、それでも日の射す方へ歩く。 無理やりのポジティブじゃなくて、 頭を守りながら、心を守りながら、少しずつ歩く。 闇を経験した人は自分を守りながら光へ向かう 鳳条 暦

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