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07/31 09:35
学ぶことをやめてはいけない
理解は他者とのあいだで初めて試される
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理解とは、答えを知っていることではない。
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私たちは答えが出せると理解した と思いがちです。でも実際には、その答えを導く手順を暗記しているだけかもしれない。
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本当の理解とは、状況が変わっても自分の言葉で本質を取り出せることです。
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なので、小学生にも説明できるかを基準にするのは面白いかもしれませんし、理にかなっている気がしますね。
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難しい言葉を並べることは知識の証明にはなっても、理解の証明にはならない。
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人は理解した!と思った瞬間から理解をやめてしまう。
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わかったと思うことは安心。でもその安心はときに思考を止めます。
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だから他人に説明すると、なんで?それってつまり?と聞かれる。その瞬間、自分の理解に穴が見える。
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つまり質問されることは、自分の無知を暴かれることではなく、理解が深くなる入り口なのです。
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理解は一人では完成しない。
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周りの人に説明してみることをお勧めします。
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理解とは自分の頭の中だけで閉じているものではありません。相手が理解してくれなかったとき、相手の理解力がない と切り捨てるのは簡単です。
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自分の説明に固執していないか と問い返す
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つまり理解とは自分を変えられる柔軟さでもあるのですね。
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伝わらないと理解していないは紙一重。
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同じ景色を見ていても、人によって知識も経験も違う。
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だから本当に理解している人ほど、相手によって説明を変えられます。
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数学者は数学者に、子どもには子どもの言葉で。
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どちらも同じ本質を話している。もし説明が一つしかできないなら、その人は言葉を覚えているだけで、本質はまだ掴めていないのかもしれません。
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理解とは、翻訳する力なのかもしれない。
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日本語を英語に翻訳するように、数式を言葉に、専門知識を日常に、抽象を具体に、具体を抽象に。
自由に行き来できる。
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だから理解とは知識の量ではなく、異なる世界をつなぐ力とも言える。
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私は理解 は静止した状態ではなく、生き物のようなものだと感じます。
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理解したと思った瞬間から、それは古くなります。誰かに話し、質問され、別の視点を知るたびに形を変えていく。本当の理解とは知っていること ではなく、何度でも壊され、組み立て直せることなのかもしれませんね。
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理解の反対は無知 ではなく、もう十分わかった と思い込むこと。
その瞬間、人は学ぶことをやめてしまうからです。
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これを教えてくれた本の名前が思い出せない?
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鳳条 暦

































