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鳳条 暦

鳳条 暦

(23)

T164 B83(E) W55 H82

 

09/21(月)

  • ソープ求人
  • 男子求人

オゴトガイド見たとお電話ください!

電話 050-5448-9022

営業時間 11:00-24:00

  • 07/04 17:04

    短話:すごい

    Samantha Frenchによる油絵。 水中でしか体験できない静かで深い内面の時間をキャンバスに精巧に捉えて表現するアメリカの画家。 ? 美術には疎い。言葉にはできないがすごい ? 鳳条 暦

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  • 07/04 09:15

    誰も彼も最初に抱いた気持ちを忘れてしまう

    貴方の好きは重くない。大好きも重くない。 普段なら違和感を感じる場面がスムーズに流れる時間に私の頭にもハテナが浮かぶのです。 貴方の言葉には温かい気持ちが沢山こもっているのに、どうしてか負担に感じない。 いつまで続けるの?なんて聞く貴方に 私は具体的な数字を答えたのだけれど、 貴方が飽きるまでって答えるべきだったのかな?笑 来月は時間無制限でよろです?? ----- 当たり前は、何気なく繰り返される日々の中に静かに隠れている。 朝が来ること。 誰かとおはよう と言葉を交わせること。 帰る場所があること。 食事をして、眠って、また明日を迎えられること。 そういうものはあまりにも自然にそばにあるから、私たちはいつの間にかそれを当たり前 と呼ぶようになる。 けれど本当は、当たり前なんてものはきっとひとつもないのだと思う。 今ある景色も、今そばにいる人も、今の自分でいられる時間も、永遠に同じ形で続くわけではない。 変わらないように見える日々も少しずつ形を変えている。 昨日と同じように見える今日でさえ、本当は二度と戻らない一日で、今ここにあるものは、いつか必ず「思い出」と呼ばれる場所へ移っていく。 忘れてしまう。 そばにあるものほど見えにくくなる。 近くにいる人ほど、いてくれることに慣れてしまう。 続いている日々ほど、これからも続いていくような気がしてしまう。 何気ない会話も、いつもの笑い声も、同じ道を歩く時間も、見慣れた後ろ姿も。 その最中にいるときはそれがどれほど大切なものなのか、なかなか気づけない。 人はきっと、失いそうになって初めて当たり前の尊さを知るのだと思う。 あれは幸せだったのだと。 何でもないと思っていた時間こそ、人生の中でとても大きな幸福の粒だったのだと。 派手な出来事ではなくても、誰かに誇れるような特別な瞬間でなくても、日々の中に何度も何度も繰り返されていたものこそ、本当は自分を支えていたのだと。 幸せはいつも大きな音を立ててやってくるわけではない。 むしろ幸せはとても静かだ。 当たり前の顔をして日常の中に座る 気づかれなくても怒らず、見過ごされてもそこにいて、私たちがふと立ち止まったときにだけ、そっとその存在を知らせてくれる。 「足るを知る」は何かを諦めることでも、欲を持たないことでもないと思う。 もっと上を目指すことも、何かを望むことも、決して悪いことではない。 人は願うから進めるし、足りないと思うから変わっていける。 けれどまだ足りないものばかりを数えていると、すでに与えられているものの光を見落としてしまう。 足るを知るは今あるものをちゃんと見ること 足りないものを追いかける前に、すでに自分の手の中にあるものを丁寧に見つめること。 誰かの優しさ。 自分を待ってくれる場所。 何度も乗り越えてきた過去。 まだ動いてくれる身体。 今日を終えられるだけの心。 そういうものを、当たり前の箱にしまい込まずに、これはありがたいことなのだと、何度でも思い出すこと。 もちろん、普通に生きていたら忘れてしまう。 毎日は忙しくて、心はすぐに不安や不足の方へ引っ張られる。 もっとこうだったら。 あれがあれば。 あの人みたいになれたら。 まだ足りない、まだ届かない、まだ満たされないと、知らないうちに今を置き去りにしてしまう。 人はいつも感謝だけで生きられるほど、きれいにはできていない。 慣れてしまうこともある。 雑に扱ってしまう日もある。 近くにありすぎて、大切さがわからなくなることもある。 でも、ふとした瞬間に思い出せたらいい。 ああ、これは当たり前ではなかったのだと。 今日も無事に帰ってこられたこと。 誰かの声を聞けたこと。 小さく笑えたこと。 痛みや不安を抱えながらでも、なんとか一日を越えられたこと。 その一つひとつが、人生の中で確かに光っているのだと。 今あるものに感謝できる人は、きっと人生を貧しくしない。 幸せとは、いつも手に入れるものではなく、気づき直すものなのかもしれない。 すでにそばにあったもの。 ずっと支えてくれていたもの。 あまりにも自然で、名前をつけることさえ忘れていたもの。 それらをもう一度見つめたとき、当たり前だった日々は、突然かけがえのないものとして輝き出す。 貴方の人生に、これからも足るを知る 心が在りますように。 足りないものを求める強さと、今あるものを愛せる優しさ。 そのどちらも失わずにいられますように。 何気なく過ぎていく日々の中にある美しさを、見失わずにいられますように。 当たり前とは幸せが日常の顔をして そばにいてくれること 鳳条 暦

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  • 07/03 19:23

    短話

    最近食べた中で1番美味しいポテトチップス? 弱点はこの後甘味が欲しくなること? 鳳条 暦

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  • 07/03 09:15

    よく喋る子だね

    ※現時点での予約可能日時は 8(水).9(木)11:00-、13:15-になります。 会える方に届きますように? ----- ? 貴方は優しい。不器用な優しさで、 この場で最も優れた優しさの形です。異論は認めます。 朗らかに肩の力を抜く貴方の隣に入れることが何より嬉しい?? 貴方とベットの上でゴロゴロしていると、家のリビングのような安心感を覚えてしまいました笑 わたしは私自身を大切にしつつ、貴方との時間を大切にできる余裕を身につけなくては… 生き急ぐ私をどうか抱きしめて、引き留めてくださいね ----- 「みんなに優しいって、結局誰にも優しくないよ」 そう言われたことがある。確かに偽善かもしれない。 でもそのときはなんだこいつ と思った。 簡単に言うなよ 人の優しさをそんな一言で裁けるほど、あなたは何を知っているのだろう と。 けれどそう思えたことに少し安心した。 ああ、私はちゃんと腹を立てられる。 聖人なんかじゃない。 誰にでも優しくできるほど、きれいな人間ではない。 そう思えるほど、自分が優しくなくて良かった。 なんて、優しくない理由を探して安心するほど、きっと優しかったのかもしれない。 優しさというものは、思っているよりずっと難しい。 誰かに手を差し伸べることが優しさになるときもあれば、 手を出さないことが、その人を尊重する優しさになるときもある。 本当のことを言うのが優しさになるときもあれば、 黙って隣にいることだけが救いになるときもある。 だから、正しい優しさを述べることは、 同時に、誰かの生き方や誰かがどうにか生き延びてきた術を否定してしまうことにもなるのではないかと思う。 その人は、その人なりの仕方でしか、 人に触れられなかったのかもしれない。 その優しさは不器用で、偏っていて、時には相手を傷つけたかもしれない。 それでも、それがその人にとって精一杯の愛し方だったなら、 他人のものさしだけで それは優しさではない と決めてしまうことは、ものすごく難しい。 誰かがもう優しくなくていいよ と言ってくれたら、 少し楽になれたのだろうか。 肩の荷がおりたような顔をして、 ようやく自分を許せたのだろうか。 嘘つけ。 そういう自分から逃れられない。 荷物を下ろせないんじゃない。 本当はもう、下ろしたくないのだ。 その優しさが重いことも知っている。 時々、自分を削ることも知っている。 勝手に傷ついて、勝手に期待して、 勝手に報われなかった気持ちになってしまうこともある。 それでも、その優しさがなければ、 自分でいられないのだと思う。 ふふ。よく喋る子だ でもね、優しくするって、 誰かのためだけにしているようでいて、 実は自分の生き方を肯定することでもあると思う こういうふうに世界と関わりたい。 こういうふうに人を見ていたい。 まだ冷たくなりきりたくない。 そういう、自分への誓いみたいなものが、 優しさの中には少し混ざっている。 優しさが好きだ。 きれいごとだけじゃないところも、 面倒くさくて、重たくて、時々ひねくれていて、それでも結局、誰かの痛みに気づいてしまうところも。 自分の優しさを好きでいてほしい。 でも、優しさに呪われないで。 優しくできなかった日まで、罪にしなくていい。 誰かを救えなかったことまで、自分の失敗にしなくていい。 優しさを持っていることと、 すべてを背負わなければならないことは違う。 優しさが縛るものになってしまうなら、 それはもう優しさではなく、呪いに近い。 それでも、優しさの中にはエゴもある。 「優しい自分でいたい」 「誰かに必要とされたい」 「傷つける側になりたくない」 そういう気持ちが混ざることもある。 それは悪いことではない。 人間の優しさなんて、たぶん最初から少し濁っている。 完全に純粋な優しさだけで人に触れられる人なんて、きっとどこにもいない。 ただ、そのエゴに対してはちゃんと責任を持てばいい。 優しさのふりをして誰かを縛らないこと。 救いたい気持ちで、相手の自由を奪わないこと。 自分の寂しさを、相手への献身にすり替えないこと。 優しくすることは、素敵なことだと思う。 でも、優しさに気づくこともまた、 同じくらい素敵なことだと思う 誰かが差し出してくれた小さな気遣い。 言葉にしなかった我慢。 見返りを求めずに整えてくれた場。 何でもない顔で、こちらを傷つけないように選んでくれた沈黙。 そういうものに気づける人でありたい。 優しさはする側だけのものではない。 受け取る側にも、見つける側にも、ちゃんと優しさがある。 優しくする人間でありたいと願うだけではなく、優しさに気づく側の人間の、その優しさにもちゃんと気づけるようになりたい。 優しさを背負うだけではなく、 優しさを見つけられる人でいたい。 誰かの優しさを、当たり前にしない人でいたい。 そしてその厄介で愛しい優しさを、 呪いにしないまま、ちゃんと生き方として抱きしめていけたらいい。 鳳条 暦

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  • 07/02 09:30

    とっても涼しい

    施術者として人気が出ると生霊がつく?学校の更衣室で先輩たちが彼女たちの友人について談笑? 幽霊とかダメなんですが、この手の話は大好きです。 生霊は、なぜ人気者に憑くのか 幽霊より怖いものがある。それは今この瞬間も生きている誰かの念だ。 生霊とは、強い感情が肉体を離れて漂うものとされる。嫉妬、執着、羨望??死者の怨念と違うのは、送り主が今日もどこかで笑って生活しているという点だ。 本人に自覚がないケースも多い と言われている。 無意識に放たれた念ほど、きっと質が悪い。 では、なぜ施術者に集まるのか。 施術者という存在は特殊。予約が取れない、あの人だけ贔屓されている、なぜ自分じゃなくて??そういう感情の的になりやすい構造を、職業として持っている。人気が出れば出るほど、見えない矢が増える。 民間伝承的な語りでは、強く意識を向けられた人間の気は乱れ始めるという。原因不明の体調不良、なんとなく重い感覚、妙な疲労感。施術者に多い と噂されるのはそのためだろう。 ここで少し背筋が冷えることを言う。 心理学的に見ても、強い感情を向けられ続けた人間が消耗するのは事実だ。? ただそれを疲れた と片付けるか憑かれた と呼ぶかの違いにすぎない。生霊という概念は、目に見えない人間関係の暴力に、古い時代の人々が付けた名前なのかもしれない。 怖いのは幽霊じゃない。 貴方のことを、名前も知らずに憎んでいる誰かが存在しうる という事実。 今日は上手に眠れるかしら笑 鳳条 暦 ?

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  • 07/01 09:45

    暦は甘やかす攻撃を放った

    今日はいっぱい貴方を撫でたかったんです。 頑張りすぎる貴方の上にも傘をさしたかった。 守りたいと思ったんです。 他愛もない話も面白い愚痴もたくさん話して欲しい?? 肩までお風呂に浸かるんだよ〜といつも甘やかしてくださるから笑 たまには私にも甘やかし役をやらせてくださいね。 来月も楽しみにしています。 ----- 眠れない夜が はじまったら 心が もつれる前ぶれです 眠れない夜が はじまったら 日傘を買って あたまにかざし 日の射すほうに あるきましょう? 眠れない夜はただの不調とか孤独としてではなく、心が次の形に変わろうとしている前ぶれとして見る 眠れない夜は何かが起きている夜 身体は眠ろうとしているのに、心だけがまだ起きていて、昼間は見ないようにしていたもの、気づかないふりをしていたもの、言葉にならなかった違和感が、静かな時間にほどけ始める。 ほどけるというよりもつれる 考えが整理される前にまず絡まる。 不安、期待、後悔、願い、怒り、寂しさ、これから変わりたい気持ち。 一気に出てくるから眠れない夜は苦しい。 だけどその苦しさは、必ずしも悪いものではなくて、心が今の場所に収まりきらなくなっている合図 苦しいからなんとかしてよって私は思う時もあるけど 眠れない自分を責めない優しさがある。 眠れないなんてだめだ ではなく、 心が何かを知らせようとしているんだ と受け止める感じ。 光は救いだけど、同時に眩しすぎるものでもある。明るい方へ行くことは、簡単な前向きさではない。 変化すること、希望を持つこと、現実を見ること、朝を迎えること。 それらはたしかに救いだけど、心が弱っているときには光がね、痛い。 だから日傘をかざす。 全部の光を浴びなくていい。急に元気にならなくていい。眩しすぎる希望から自分を少し守りながら、それでも日の射す方へ歩く。 無理やりのポジティブじゃなくて、 頭を守りながら、心を守りながら、少しずつ歩く。 闇を経験した人は自分を守りながら光へ向かう 鳳条 暦

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