
オゴトガイド見たとお電話ください!
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05/02 17:15
戦闘服を脱ぎ捨てる、という言い方は少し芝居がかっている。けれど、放課後のあの一瞬には確かに「任務終了」の空気が漂っていた。 胸元のリボンを外し、結び目の跡が少しだけ残る。きっちりと束ねられていた髪を解けば、空気を含んで柔らかく広がる。制服はそのままなのに、どこか別の衣装に見えてくるのが不思議だ。スカートの裾をほんの少し折るだけで、規則だったものが自分のものになる。 「さぁ、ここからはパーティーの時間だ」 そんな言葉は誰も口にしないのに、足取りがそう語っている。駅へ向かう背中、笑い声の弾み方、わずかに浮き足立ったリズム。夕暮れの街に溶けていくその集団は、どこか別の世界へと滑り込んでいくようにも見える。 一体どこへ行くのだろう。 決まった目的地など、きっとない。コンビニの前でたむろするかもしれないし、どこかのファストフード店でポテトをつまむだけかもしれない。ただ、どこかへ行く というその行為そのものが、彼女たちにとっては特別なのだ。 妙な衝動に駆られる。 野良猫の跡をつけるように、気づかれない距離を保ちながら、こっそり後を追ってみたくなる。彼女たちがどんな場所にたどり着き、どんな顔で夜を過ごすのか、その断片だけでも覗いてみたくなるのだ。 野良猫がふとした角を曲がって消えてしまうように、あの時間のきらめきは追いかけようとした瞬間に、するりと逃げていく。外側から覗こうとした時点で、それはもう同じものではなくなってしまうのかもしれない。 彼女たちと同じ空気を少しだけ共有しながら。届かない距離のまま、その自由さを想像する。 行き先が曖昧だからこそ、どこへでも行ける。名前のつかない時間だからこそ、何にでもなれる。 あの勇み足の正体は、場所ではなく、まだ形を持たない未来そのもの。
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05/02 09:30
仕事を休んだことを後悔しない時間に私はできたでしょうか? 貴方にとてもよく似合う爽やかなストライプスーツは、貴方がゆったり過ごす手助けをするでしょう。 夏を感じました。 どこへ行かれたのかまた教えて欲しいです。 アマミノクロウサギさま。大陸から切り離され、島に残された。環境や外敵が違うから普通のウサギとは違う姿のまま生き延びた。 耳や足が短く、ちょっとずんぐりした姿がとても愛らしい? ----- ??努力しなくていい という話ではなくて、人生は自分だけでは決まらないからこそ、自分の一手が想像以上に遠くまで響くという話 ・人生は自分次第という言葉の危うさ 人生は自分次第だ と言われると、一見前向きに聞こえる。努力すれば変われる。選択すれば未来は開ける。諦めなければ道はできる。 たしかに、その言葉に救われる瞬間もある。自分の人生を誰かのせいにせず、もう一度立ち上がるためには、必要な言葉。 しかし、人生にはどう考えても自分次第ではないものが多すぎるゆえに残酷な言葉 人生は、本人の意志だけでまっすぐ組み立てられるものではない。無数の偶然が絡まり合い、その中でようやく自分らしさのようなものが形を持ち始める。 人生は自分次第だ という言葉は、半分は本当で、半分は大嘘なのだと感じた。 ? ・人生は、成り行きの産物である 生物の進化を見ても、歴史を見ても、世界は綺麗なだけの計画によって進んできたわけではない。 生物はこうなるべきだ と決めて進化したわけではなく、たまたま環境に合ったものが残り、たまたま残ったものが次の世界をつくってきた。 歴史も同じで、偉大な人物の強い意志だけで動いたように語られるけれど、実際には天候、病気、地形、噂、偶然の出会いが、何度も世界の流れを変えてきた。 世界は、最初から意味を持って完成されていたわけではなく、後から振り返った人間が、あれは必然だった と物語にしているだけかも。 間には無数の偶然がある。 人生は単純な因果関係では説明できないのに、 人間はそれを説明したくなってしまう。 ? ・人間は、複雑なものを単純化したがる 人間は、複雑なものが苦手だから、世界を二つに分けたくなる。 そのほうが安心できるからで、複雑なまま受け止めるには、世界はあまりに不安定すぎる。 ければ人生は、本来そんなに単純ではなく、良い選択が、必ず良い結果になるとは限らない。 遠回りが、あとから見れば必要な道だったこともある。 人生は一本の線ではなく、無数の糸が絡まった布のようなもので、きっともっと曲がりくねっている。 どの糸がどこで効いてくるのか、誰も知り得ない。 ? ・些細なものが、運命を変える 人生を大きく変えるのはいつも大事件とは限らず、本人すら忘れてしまうような些細な出来事が、後から考えると大きな分岐点だったりする。 そういう小さな点が人生の進路を少しだけ変える。だから人生は怖いが、同時に希望もある。 今の自分には取るに足りないように見える行動も、未来のどこかで意味を持つかもしれない。 人生は、自分で完全にコントロールできないが、自分の小さな振る舞いが誰かの偶然になることはある。 ? ・私たちは何もコントロールしていない 私たちは、自分の人生すら完全には支配できないから、明日何が起きるかもわからないし、誰と出会うかもわからない。 それなのに、私たちは確かに世界に影響を与えているし、そこには自分の限界を認める謙虚さと他者となら変われるかもしれない という希望がある。 ? ・自分次第ではなく、自分もまた一部である 自分ひとりでは決められない世界の中で、私たちは互いに影響し合いながら生きている。 偶然に流されるだけではなく、偶然の一部として誰かに作用し、誰かに出会わされるだけではなく、自分もまた誰かにとっての出会いになっている。 すべてをコントロールできないから、傲慢にならなくていいけど、何かに影響を与えているから無責任にもなれない。 人生は優しいようで少し怖い。自分だけの作品ではない。 もし人生が完全に自分次第なら、他者はいらない。 大切なのは協力、互いに影響しあうこと。 人生は自分次第ではない。けれど、自分の一手は、思っているよりずっと遠くまで届いている。 鳳条 暦
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05/01 21:15
言えないんです。 たぶん私は、自分からはまだ言い出せなくて。 これからは遊んだ後に私から直接予約もできるし、 次の約束をその場でできるってわかっていても、 絶対その時に決めなきゃいけないわけじゃないって思っていても、 (新しい予約のシステムです??♀?) やっぱり怖いんです。 理由がどうであれ、 せっかく自分から誘って断られたらどうしようって気持ちが、どうしても先に勝ってしまうから。 だから、あなたが誘ってくれたら嬉しい。 あなたから「また会おう」って伝えてくれたら、その時の私は、きっと100%笑顔で頷けます。 また、あなたに会いたい。 私がもう少し素直に、わがままを言えるようになるまでは。 (次回の予定がわかる場合?)どうか、少しだけ私の手を引いていてくれませんか? 鳳条 暦
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05/01 16:45
朝は、なぜだか座りたくなる。 一日の中でいちばん元気な時間のはずで、立っていることだって苦ではない。それでも、朝だけは座りたいと思う。理由はうまく言葉にできないが、感覚として確かにある。 ドア付近の補助シートが使える時間になると、車内に流れるあの放送に、ほんの少し安心する。ああ、座っていいんだ。と許可をもらえたような気がするから。 座ったからといって、眠るわけではない。スマホを伏せ、目を閉じる。ただそれだけ。 走り出した電車はかすかに揺れる。そのリズムに身を預けながら、どこか曖昧なままの意識で過ごす数分間。 きっと私は、休みたいのではなく、まだ何者にもなっていない朝の自分でいたいのだと思う。 動き出す前の、名前のついていない時間。 そこでただ揺られていたい。 鳳条 暦 ?
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05/01 09:30
年齢の割に落ち着いた印象の貴方様。 試合前の勝利祈願? 黄金の右腕には力が入りすぎないようにπのおまじない。 頼もしい手の温もりをまた感じさせてください。 櫛をいただきました? 何でもあまり差がないものだと思っていたのですが、まだまだ世界は広いように感じます。 値段もきっとわかりやすい価値なのでしょう。 大切に使わせていただきます?? ----- 貴方が褒めてくれた言葉の1つです? 直感的で判断の速い貴方が見つけてくれた言葉についてもう一度考えてみました。 私に少しだけ自信を持たせてくれて、感謝しかないのです?? ??価値の輪郭 価値とは何か。それは最初から物事の中に備わっているものなのか。人間が意味づけることで初めて現れるものなのか。 単なる大切なものの話ではなく、人間はなぜ何かを大切だと思うのか、その大切さはどこから来るのかという話。 価値は、物の中にあるのか、人の中にあるのか 価値は、対象そのものに宿っているのか。 それとも、それを見る人の心によって生まれるのか。 同じ一枚の手紙でも、ある人にとってはただの紙で、別の人にとっては一生捨てられないものになる。紙そのものの成分は変わらない。文字のインクも変わらない。しかしそこに宿る価値は全く違う。 だとすると価値は物と人間の関係のあいだに生まれるものなのかもしれません。 それを見つめる私、それに触れてきた時間、それを失いたくない理由によって輪郭を持つ。 価値とは、物体ではなく、関係性のかたち。 _____ 価値の輪郭は、なぜ最初から見えないのか 本当に大切なものほど、日常の中ではぼやけていることが多い。家族。健康。何気ない会話。帰る場所。自分を否定しない誰か。自由に考えられる時間。 こういうものは、あまりにも近くにありすぎると、価値として認識されにくい。 人間は、存在しているものよりも、不足しているものに意識を向けやすいから。すでにあるものは静かすぎる。 しばしば価値の輪郭は喪失、距離、比較、時間によって初めて浮かび上がる。 _____ 失ってから気づく価値は、本当に価値なのか。執着にすぎないのか。 失った瞬間に美しく見えるものがあります。離れたあとに急に惜しくなる人がいます。終わったあとにだけ、優しく思い出せる時間があります。 それは本当に価値に気づいたのか。それとも、失った痛みが、その対象を美化しているだけなのか。 価値と執着は似ている。どちらも手放したくないと感じさせる。 でも価値は、自分を深くする。執着は、自分を狭くする。 価値あるものは、たとえ手元になくても、自分の中に静かな強さを残す。執着しているものは、手元にないと自分を壊していく。 この違いを見極めることが、価値の輪郭を見るということなのかも。 ? 値段と価値はなぜズレるのか 現代では、価値はよく数字に変換されます。 価格。年収。売上。フォロワー数。偏差値。評価。肩書き。いいねの数。 数字は便利。比べやすいし、説明しやすい。他人にも伝わりやすい。 むしろ人間にとって本当に深い価値は、数字にした瞬間にこぼれ落ちることがあります。 例えば、誰かと過ごした何でもない午後。自分を救ってくれた一文。何度も戻ってしまう場所。理由は説明できないけれど、なぜか好きなもの。値段をつけにくいが、人生の支えになる。 数字で測れないものを、私たちはどうやって守るのか。 現代社会では、見える価値ほど強い。数値化できるものほど評価される。逆に、静かで、個人的で、説明しにくい価値は軽く扱われやすい。 人間の人生を本当に支えているのは、案外そういう説明しにくいもの。 ここに価値の輪郭という言葉の深さがある。 価値は、はっきり見えるものだけではない。むしろ、ぼんやりしているからこそ、自分で丁寧に見つめなければならない。 ? 価値は自分で決めているのか、社会に決めさせられているのか 私は、本当に自分の価値観で生きているのか。 それとも、社会が価値あると言ったものを、自分の価値だと思い込んでいるだけなのか。 人は完全に自由に価値を選んでいるわけではありません。 親の価値観。学校の評価。世間の空気。SNSの反応。友達との比較。時代の流行。成功者の言葉。 影響されながら、私たちはこれは価値があると判断しています。 だから怖いのは、自分が欲しいと思っているものが、本当に自分の欲望なのかわからないということ。 欲しい服。なりたい職業。憧れる生活。付き合いたい人。持っていたい肩書き。見られたい自分。 それは本当に自分の奥から出てきたものなのか。それとも、誰かにそれは価値があると教え込まれたものなのか。 価値の輪郭を探すことは、自分の欲望の出どころを疑うことでもあります。 ここで大事なのは、社会的な価値をすべて否定することではなく。お金も、評価も、肩書きも、必要な場面はあると知ること。 ただ、それらが自分の人生の中心に来すぎると、自分にとって本当に大切なものの輪郭が見えなくなる。 だから問い続ける必要があります。 これは、私が本当に大切にしたいものなのか。 それとも、大切にしないといけないと思わされているものなのか。 ? 変わってしまった価値は、昔の自分への裏切りなのか。成長なのか。 例えば、昔は絶対に手放したくないと思っていた夢を、今は少し違う形で見ている。 昔はあんなに大切だった人と、今は距離ができている。昔の自分が信じていた正しさを、今の自分は少し疑っている。 それは薄情なのか。それとも、生きてきたからこそ見えるものが増えたのか。 変わらない価値だけを本物とすると、人は過去の自分に縛られます。 大切なのは、そのときの自分が何を大切にしているのかを、誠実に見つめること。 ? 意味がないものにも、価値はあるのか。 例えば、ただ空を見ている時間。誰にも見せない日記。無駄話。寄り道。理由のない好き。 効率の悪い優しさ。 社会的には意味が薄いかもしれないが、人にとってはこういうものが、心を保つために必要だ。 価値とは必ずしも役に立つことではない。 役に立つかどうかを超えて、自分が人間として息をしやすくなるものに価値は宿るのかもしれない。 ? 価値の輪郭がぼやけるとき 価値が見えなくなる時期があります。 何をしても響かない。何が好きだったかわからない。周りの価値観に合わせているうちに、自分の感覚が鈍っていく。 価値の輪郭を見るには、心に余白が必要です。 急かされているとき、比べ続けているとき、傷つきすぎているとき、人は自分にとって大切なものを見失いやすい。 _____ 問いとして残すなら、こんなものがある。 私は、本当に価値あるものを見ているのか。 それとも、価値があると教えられたものを見ているだけなのか。 私が手放せないものは、私を自由にしているのか。それとも、私を閉じ込めているのか。 失ってから大切に見えるものは、価値なのか。 それとも、喪失が生んだ幻なのか。 誰にも説明できない大切さを、私はどこまで信じられるのか。 価値の輪郭をはっきりさせることは、その価値を守ることなのか。それとも、言葉に閉じ込めてしまうことなのか。 たぶん、価値は完全には説明しきれない。 説明しきれないからこそ、価値なのかも。 ただ、自分の心が何度も戻ってしまう場所がある。忘れようとしても、どこかに残っているものがある。それに触れると、自分の輪郭まで少しはっきりする。 そこに、価値の輪郭がある。 その輪郭を見つめることは、自分の生き方を選び直すことなのだと思う。 鳳条 暦
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04/30 09:30
教えてもらった貝ラーメン食べることができました? 麺が半分にできたのでペロリと完食? レンガの上にスープと麺を乗せて味玉を少し乗せるミニラーメン式の食べ方がお気に入りです? また、たまには美味しいご飯食べようかなと思います。 きっとこれも良い経験?? ----- どうせ助かる とみんなが思うほど、本当に助からなかった時のダメージは大きくなる。 TACOは一般に Trump Always Chickens Outトランプは強硬姿勢を取っても、最後は市場や経済への圧力に耐えきれず引くという見方として使われています。市場では、強硬発言や関税・地政学リスクで株が下がったあと、どうせ引くと見て押し目買いする行動がTACOトレードと呼ばれています。? ----- ・レジーム レジーム=その時代・相場・政治の支配的なルールや空気感のこと。 相場でいうと、金利が低いから株が上がりやすい、インフレが強いから中央銀行が利上げしやすい、政府が市場を支えると投資家が信じている。 このような投資家たちが前提にしている大きな環境を レジーム と言う。 今回のTACOレジーム は、トランプ政権は強硬策を打つけれど、市場が大きく荒れたら結局引くだろう、と投資家が信じている相場環境という意味。 ? ・TACO TACO=Trump Always Chickens Out の略。直訳すると、トランプはいつも最後にはビビって引くという意味。 相場では、トランプ氏が関税・制裁・戦争・強硬発言などで市場を揺らしても、株価が大きく下がったり経済に悪影響が出たりすると、最終的には態度を弱めるだろう、という見方を指します。 感覚としては、最初は強く出るけど、どうせ最後は市場を見て引くでしょということ? だから株が下がると、どうせTACOするから、ここは押し目買いだという考えが出てきます。 ? ・テールリスク テールリスク=めったに起きないけれど、起きたら大損害になるリスク のこと。 普段は大丈夫だけど、もし戦争が拡大したら一気に株が暴落する、普段は押し目買いで勝てるけど、もし政策が引かずに本当に悪化したら大きく負ける。 確率は低いけど被害が大きいリスクです。名前の由来は、確率分布の端っこ、テール=しっぽ にある。 普通の値動きは真ん中あたりで起きます。でも、めったに起きない大暴落や大暴騰は、分布の端っこにあります。その端っこのリスクを テールリスク と呼ぶ。 ? トランプレジームの本質。TACOモラルハザード トランプレジームの本質は、ボラティリティを作り、それを自ら消しにいく構造にある。 今回の戦争を見ていても、多くの投資家の中にはどうせ最後はTACOするという期待があるように見える。つまり、政権が強硬策を打ち出して市場が揺れても、一定以上に痛みが広がれば、最終的には態度を軟化させるだろうという見方だ。 TACOレジーム下では、ボラティリティは大きくなりやすい。しかし同時に、ある水準を超えると、今度はボラティリティを抑え込む力が働きやすくなる。 低ボラの局面では、政権は強硬策を打ちやすい。市場が落ち着いていれば、関税、制裁、軍事的圧力、強い発言を使いやすいからだ。 一方で、高ボラの局面ではTACOが起きやすい。市場の動揺が大きくなり、株価や景気への悪影響が政権に返ってくると、強硬姿勢を維持するコストが高くなる。 つまりこれは、自分で作ったボラを、自分で消すレジームである。 だから株は押し目買いされる。どうせTACOするからだ。 しかし、ここで重要なのは、TACOはテールリスクを消しているわけではないということだ。むしろ、TACOへの信頼が強まれば強まるほど、市場は下がったら買えばいいと学習していく。下落は危険信号ではなく、買い場として処理されるようになる。 その結果、表面的にはリスク耐性が高まったように見える。だが実際には、リスクが消えたのではなく、奥に押し込められているだけだ。 TACO目当ての押し目買いは、おそらく多くの場合うまく機能する。政権が市場の痛みに反応し、強硬策を緩め、株価が戻る。その反復が続けば、投資家はますますTACOを信じるようになる。 だが、問題はその先にある。 もしある時、TACOが不発に終わったらどうなるのか。政権が引けない。市場が期待した軟化が来ない。地政学リスクやインフレ圧力が実体経済に食い込み、政策の後退では吸収できなくなる。 その時、市場は単に下がるのではない。それまで積み上がっていた「どうせ戻る」という前提そのものが壊れる。 TACOトレードの怖さはここにある。それはボラティリティを売っているように見えて、実際にはテールを売っている。 普段は勝ちやすい。だからこそ危ない。 市場がTACOを信じるほど、TACO不発時のショックは大きくなる。 安心が積み上がるほど、失望は非線形になる。 だから、TACO押し目買いを否定する必要はない。現実的な戦略として機能する局面は多いだろう。 ただし、それをリスクが小さい取引と勘違いしてはいけない。それは、頻繁には表面化しないが、一度表面化すれば大きな損失をもたらすリスクを抱えた取引である。 TACOとは、安心の名前をしたモラルハザードだ。そして自戒として最も重要なのは、どうせ助かると思った瞬間、自分はすでにテールを売っているという感覚を忘れないことだ。 鳳条 暦
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04/29 08:30
貴方はとてもかっこいい。 私の思うかっこいいは外見だけの話ではありません。 貴方と過ごす時間にすごくドキドキさせられます。 貴方のリードが心地よくて、あっという間に過ぎる時間を寂しく思います。 多忙な貴方と次にいつ会えるか私は楽しみで仕方がないのです。 中身も最高に芸術的です? 芸術はわかりません。いつか、わかる 人になりたいです? ----- ??人が豚に見えるのは、人が豚に変化しているからなのか、見るもの自身の思考の変化なのか 『千と千尋の神隠し』で両親が豚になる場面は、物語上は実際に豚に変えられた と描かれています。食べてはいけないものを貪欲にむさぼり、欲望に飲まれた結果として、異界のルールによって姿が変わる。 ただしこの作品は象徴性が非常に強いので、本当に豚になった のと同時に、豚のような存在として見えるようになった という哲学的読解も成り立ちます。 1. 豚=単なる動物ではなく、欲望のメタファー 豚は多くの文化で貪欲、消費、無自覚さの象徴として使われます。 つまり両親は罰として豚にされた だけでなく、すでに内面的に豚的だったものが可視化されたとも読めます。 外見が本質を決めるのか内面が外見を規定するのか…? ここでは欲望に支配された精神状態が身体化している。 2. 千尋の視点:認識の変容 重要なのは、観客も千尋も豚になった と認識すること。つまりこれは存在論だけでなく、認識論(どう見えるか)の問題でもあります。 ある出来事をきっかけに人が豚に見えた と言うとき、それは必ずしも物理的に豚に見えたというより、 急にその人の欲深さ、群集性、自己中心性、品位の欠如が豚 という象徴で知覚された可能性があります。 哲学者 フリードリヒ・ニーチェ 的に言えば、人はある瞬間に 価値の仮面 が剥がれ、本質が別の形象として立ち上がることがある。 人が豚に見えたは、幻覚というより倫理的直観が比喩として知覚を支配したとも解釈できます。 3. ユング心理学:影(シャドウ)の投影 カール・グスタフ・ユング 的には、人は自分の無意識にある嫌悪や本能的判断を外界に投影します。 ある人物を見て豚だ と感じるとき、それは 相手の過剰な欲望への感知、自分の中の抑圧された嫌悪、社会への幻滅が象徴として噴き出す場合がある。 4. 社会批評としての豚 『千と千尋』公開当時の日本社会には、消費社会・バブル後の空虚さへの批評として読む人も多い。食べ続ける大人は、資本主義的消費に取り込まれた人間像。豚は人間性を失った消費者 5. あなたの経験との接点 「その瞬間、人が豚に見えた」というのは、強い心理的衝撃によって、それまで人間として見ていた存在の意味づけが崩れ、象徴的本質が前景化したとも考えた。 姿 が変わったのではなく、意味 が変わった。 宮崎作品では豚になるは欲望への堕落の象徴。認識論的には豚に見えるは価値判断の変容、心理学的には投影や象徴化、社会的には消費社会批判 人はある行為によって、まだ人間の姿をしていても人間ではない何かに見えることがあるのか? 『千と千尋』は「ある」と答えている作品とも言える。 比喩的・心理的・哲学的には、その問いに触れた瞬間だったのかも。 鳳条 暦
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04/28 16:30
肉体美と爽やかな笑顔、 笑顔が作る皺はまるで元からそこにあったのではと…錯覚させられる。 自然な貴方に惹かれました。 肌同士が触れる感覚が心地よい。 1人に決めきれないなら、今日これからは私を選んで欲しいとほんのり願いました。 奄美のお土産もらいました? 曇りが多い地域だと聞いて驚きました? 私の中では奄美はもう沖縄のイメージ。 人生の夏休みはどこに行こうかちょっとずつ考えています?? ----- 丁寧にプリントアウトしてまで教えてくれてありがとう?? 私なりに考えてみました。 また貴方の考えも聞きたいので、話に続きがあったら…というのもまた考えてみようかなと思います? ??ハチドリのひとしずく 大きな問題に対して、自分にできる小さなことをするという話としてよく語られます。 森が燃えている。動物たちは逃げていく。でもハチドリだけは、くちばしで水を一滴ずつ運び、火に落とす。それを見た動物たちが笑う。 「そんなことをして何になるの?」 ハチドリは答える。 「私は、私にできることをしているだけ」 この話の深さは、その一滴で森が救えるかどうかではなく、救えないかもしれないと知りながら、それでも一滴を落とす心にあると思います。 大人になるほど、私たちは結果の大きさで行動を測るようになります。意味があるか。効率がいいか。誰かに認められるか。本当に変わるのか。 ハチドリはそこを見ていない。火の大きさと、自分の小ささを比べて絶望するのではなく、 それでも今の私にできることは何か を見ている。 きれいごとではなく、かなり強い態度だと思いました。 なぜなら、小さなことを続けるには自分の無力さを一度ちゃんと受け入れなければいけないからです。 私ひとりでは全部は変えられない、この一滴で世界は劇的には変わらない、きっと誰かには笑われる。 それでも、やる。 それでも に、人間の尊厳がある気がします。 誰かを救う言葉も、勉強を続けることも、 体を整えることも、優しくしてくれた人に優しくすることも、自分を諦めないことも、外から見れば、全部ひとしずくみたいに小さい。 ひとしずくはゼロではない。ゼロではないものを、ゼロみたいに扱わないこと。それがハチドリの強さなのだと思います。 大きな炎を前にすると、私たちはすぐに無駄かもしれないと思う。でも本当は、無駄かどうかはすぐには決まらない。一滴は火を消せなくても、誰かの心を動かすかもしれない。 その姿を見た別の誰かが、もう一滴を運ぶかもしれない。そしていつか、一滴ではなく流れになるかもしれない。 だからこの物語は、小さな努力でも世界を変えられる という単純な希望だけではなく、 世界が変わる保証がなくても、自分の在り方は選べる という話なのだと思います。 ハチドリは、森を救うヒーローというより、 自分の良心から逃げなかった存在。 私たちの毎日も、きっとひとしずくの連続です。誰にも見られない努力。すぐには結果が出ない勉強。うまく伝わらない優しさ。自分を立て直すための小さな習慣。 大切なのは、大きなことをできる人になることだけではなく、小さなことを馬鹿にしない人でいること。 ひとしずくを落とせる人は、自分の心を荒れ果てたままにはしない人。 続けられる事が出来たら、続けられなかった事にも意味が生まれるのかなと思って私はコツコツ頑張れる。 鳳条 暦 ?
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04/27 09:30
優しすぎる先生は多くの方から頼りにされています。 貴方にだけは頑張れと言えない? 無茶をしてはいけません。 どうか次にお会いする際には全てが良い方向に進んでいますように。 自分、運だけは良いのです。 ラ・メゾン・デュ・ショコラの春のチョコ??? 季節限定という言葉に弱い。夏になると食欲が落ちてチョコばかり食べていた時期があるので、美味しいチョコには要注意? ----- ??楽しむ人には敵わない という言葉には、 かなり深い真理があると思う。 人はよく、努力できる人が強い、才能がある人が強い、我慢できる人が強い、と思いがちだけれど、実は一番強いのはその行為の中に喜びを見つけてしまった人なのかもしれない。 努力している人は、まだどこかで自分と戦っている。やらなければならない自分とやりたくない自分がいて、その間で踏ん張っている。 でも、楽しんでいる人は戦っていない。むしろ、その行為と自分が一体になっている。 孔子の 知る者は好む者に如かず。好む者は楽しむ者に如かず という言葉は、単なる勉強論ではなく、人間がどう生きる時に一番深く力を発揮するのかを語っているように思う。 知っているだけの人は、まだ対象を外側から見ている。好きな人は、対象に近づいている。 でも楽しむ人は、もう対象の中に入っている。 たとえば、音楽を知識として語る人がいる。 音楽が好きな人もいる。でも音楽を聴いている時に、自分の輪郭が溶けるような人がいる。 その人にとって音楽は趣味ではなく、世界とのつながり方になっている。 ここでいう楽しむは、軽い快楽とは違う。 ただ笑っていることでも、楽なことだけを選ぶことでもない。 本当の楽しさとは、苦しささえも、その道の一部として引き受けられる状態なのだと思う。 好きなことでも、面倒な日はある。上手くいかない日もある。比べて落ち込む日もある。 それでも、その奥になぜか戻ってきてしまう感覚がある。それが楽しめることなのだと思う。 楽しめることを継続する、というのは、自分を甘やかすことではない。むしろ、自分の生命力がどこに向かって流れているのかを見極めることに近いのだろう。 人は何でも続けられるわけではない。根性だけで続けるものには、いつか限界が来る。でも、自分の内側から湧いてくるものは、外から命令されなくても続いてしまう。 楽しめることを探すために色々な経験をするというのは、単なる行動力の話ではなく、自分という存在を実験することなのだと思う。 私は何に反応するのか。何をしている時に、時間を忘れるのか。どんな瞬間に、世界が少し明るく見えるのか。何に触れた時、自分の中の眠っていた部分が起きるのか。 色々な経験をするというのは、世界を広げることであり、同時に自分の輪郭を知ることでもある。人は、頭の中だけでは自分を知れない。 経験してみて初めて、 あ、私はこういうことが好きなんだ、これは憧れだったけれど、私の喜びではなかったんだ とわかる。 そう考えると、失敗も遠回りも無駄ではない。 続かなかったことも、自分を裏切ったことではない。それは、自分の魂がどこには住めないのかを教えてくれた経験なのだと思う。 多発好転という言葉があるなら、たくさん動くことで人生が好転するというより、たくさん触れることで、自分と世界の相性が見えてくるということかもしれない。 人生は、最初から正解の道を選ぶものではない。むしろ、触れて、違和感を覚えて、離れて、また惹かれて、その繰り返しの中で、少しずつ自分の場所に近づいていくものなのだと思う。 楽しむ人には敵わない。 結果が出る前から、すでにその時間の中で報われている。だから続く。深まる。遠くまで行ってしまう。 楽しさとは、人生がこちらに向かって小さく開く扉なのかもしれない。その扉を見つけた人は、無理に自分を押さなくても進んでいける。 そしてきっと、幸福とは大きな成功のことではなく、 自分が自然に続けてしまうものに出会い、その中で少しずつ自分になっていくことなのだと思う。 鳳条 暦 ?
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04/26 10:02
市場の現在の織り込みは、おそらく原油高はリスクではあるが、まだ決定的な景気悪化要因ではない というところにある。 足元で投資家が見ているのは、原油高そのものというより、それがどの程度まで企業利益・消費・金融政策に波及するかだと思う。 現時点では、一時的な原油高であれば、OBBBによる減税効果や政策支援が一定程度クッションになる、という見方が多い。 つまり、原油高はマイナスだが、それ単体で景気シナリオを大きく壊すほどではない、という織り込みである。 インフレについても同様だ。マイルドなインフレは、それが金融引き締めに直結しない限り、必ずしも株式市場にとって明確な悪材料ではない。むしろ名目売上や企業利益を押し上げる面もある。原油価格が80〜90ドル前後にとどまるのであれば、本格的な需要破壊が起こる可能性も、現時点では大きく見積もられていない。 その結果、市場に残っているのは 景気期待が以前より少しだけ低くなった という程度の変化である。強気シナリオはやや削られたが、弱気シナリオに全面転換するほどではない。リスクは意識されているが、まだ景気後退としては織り込まれていない。 この状況で投資家がポジションを戻すなら、1〜2月のようにシクリカルや非米国株へ広げていくというより、再び安定感のある米国大型株、特にMag7に資金が向かいやすい。景気期待は少し鈍った。しかし、完全にリスクオフではない。だからこそ、景気敏感株ではなく、成長の見通しが相対的に読みやすく、バランスシートも強く、指数への影響力も大きい大型テックが選ばれる。 シクリカル=景気が良いときに強い株 ディフェンシブ=景気が悪くても耐えやすい株 Mag7=景気が少し不安でも買われやすい巨大成長株 これが、米国株が非米国株をアウトパフォームし、さらに均等加重のS&P500よりも通常の時価総額加重S&P500が優位になっている背景だと考えられる。 言い換えれば、今の市場は景気に強気なのではなく、景気悪化を本格的には織り込んでいない 状態に近い。そしてリスクを取りたいが、景気敏感には行き切れないという中途半端なリスク選好が、結果としてMag7への回帰を生んでいる。 ただし、この織り込みには脆さもある。Reutersも、S&P500がイラン情勢の不確実性を抱えながら高値圏に戻っている一方で、企業側ではエネルギー価格への警戒が広がっていると報じている。特に2026年4月以降に決算を発表したS&P500企業の約3分の2が、エネルギー価格について何らかの懸念を示したとされる。? つまり、今の市場は 原油高を無視しているのではなく、一時的で、利益成長と政策効果で吸収可能 と見ている。 その前提が崩れたとき、たとえば原油高が長期化する、消費が落ちる、企業の利益見通しが下がる、あるいはインフレ再燃で利下げ期待が後退する場合には、現在の織り込みは一気に修正される可能性がある。 原油高は悪材料だが、まだ景気後退材料ではない。インフレは不快だが、まだ金融引き締め材料ではない。景気期待は少し下がったが、リスク資産を捨てるほどではない。 だから、シクリカルではなくMag7に戻る。 鳳条 暦
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04/25 09:30
すでに学校では人見知りを発動しています。 2人きりならかなりおっとりなのですが、 たくさん人がいる時、関係性が曖昧な時(年上の同期、クラスメイトetc)は本当に話すのが苦手です。 でも誘われた懇親会には行こうと思います。 どうか貴方さまに背中を押して欲しいのです? どっちもものすごく美味しかったです?? サヤエンドウのスナック菓子好きな人は焼き枝豆もハマる気がします? バウムクーヘンはほろ苦いチョココーティングがむしろちょうどよかった/// そう全てがちょうどよかったです。 ----- 本なんか読んでも、何も変わらないと言っていた人の人生が、一冊の本をきっかけに劇的にかわった...という話を何度も聞いたことがあります。 これは決して珍しいことではないと思う。 むしろ、本気で本を読んできた人なら、似たような経験を一つや二つは必ず持っているはずだ。 本の虫ガチ勢にしかわからない感覚、と言っても良いのではないでしょうか?ちなみに私にはまだなんとなくしかわかりません。ガチ勢になりきれていません。 本は、たとえるなら乗り物だ。 過去へも行ける。未来へも行ける。自分の知らない誰かの内側へも入っていける。 そして時には、自分自身の内側にまで連れていってくれる。 そこから戻ってきたとき、不思議と世界の見え方が少しだけ変わっている。 本を読み込んできた人は、目の前の出来事を点で見ない。それを面らあるいは立体で捉える習慣がある。 たとえば仕事で理不尽に怒鳴られたとき。 ただ「なんで自分だけこんな目に遭うんだ」と感情の濁流に飲まれるのではなく、 権威を持つ人間が弱者に怒りを向ける構造は、歴史上何度も繰り返されてきたパターンだと、同時に見ることができる。 歴史書でも、小説でも、漫画でもいい。 読書家は何度も疑似体験を重ねている。 だから目の前の出来事が、孤立した不幸な一点ではなく、人間という生き物が繰り返してきた営みの一コマとして見えてくる。 言い換えれば、物事への解像度が上がる。 今まさに経験している苦しさが、人類史という広大な文脈のなかに置かれた瞬間、その輪郭は変わる。 自分だけが不幸なのではない そして同時に、 これをどう乗り越えるかは、すでに誰かが考えてきている という静かな確信が生まれる。 これこそが、本を読む人間の強みのひとつだと思う。 フランスの哲学者 モンテスキュー はこう言った。 私は一時間の読書で和らげられない悩みに出会ったことがないこれは単なる気晴らしではない。読書とは、自分の苦しみがすでに誰かによって言語化されていることを知り、その思考の足跡を辿る行為だからだ。孤独な夜に哲学書を開けば、何百年前の賢者が同じ問いに苦しんだ痕跡に出会える。 NARUTO を読めば、孤独がいかに人を磨き、人を深く優しくするかを知ることができる。 苦しいときほど、本は効く。心がむき出しになっているぶん、言葉が深く刺さるからだ。 本を読み続けていると、やがて自分の内側に書棚ができていく感覚が生まれる。 今日読んだ一行が、半年後の決断を変える。 去年読んだ一冊が、今日の会話の質を変える。 本は読んだ瞬間よりも、むしろ時間をおいてから効いてくることのほうが多い。 頭の中でゆっくり発酵し、ある日ふと、 「あの本に書いてあったことは、こういうことだったのか」と腑に落ちる。 その蓄積が、いわゆる教養になっていくのだと思う。 何百年分もの知恵が詰まった書棚は、この世で最も豊かな相談相手かもしれない。 自分自身に帰る道を静かにつくってくれる。 きっと私は本のおかげで本当の孤独にはならないのだと感じます。 鳳条 暦
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04/24 17:46
朝、道を走る大きなトラックをぼんやり眺めていたら、思わず二度見してしまった。 運転席と貨物部分をつなぐ、あの無骨で頑丈な金具のところ。 ? 本来なら機械の力強さしか感じないはずの場所で、なぜか小さなドラマが繰り広げられていた。 そこには、今にも落ちそうなウッディ。 ? そして、その手をしっかり掴んで助けているバズ。 まるで映画のワンシーン。 ? 朝の道路の上で、トラックの揺れに合わせて本当に救出劇が進行しているように見えて、思わず笑ってしまった。 無骨な金具の上に生まれた、トイストーリーの世界。 ? あれは運転手さんの粋な遊び心だったのだろうか。 忙しい朝しか迎えられない私はその小さな物語のおかげで、少しだけ心がやわらかくなった。 鳳条 暦
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04/24 09:30
1週間ほどで書くお約束をしておりました。 おっとり、ゆったり、ふわふわを体現したような貴方様。 考え方には芯があり、まさに理想とするチョコマシュマロのようなお方です。 外見は内面の1番外側です。 優しそうな顔をしている貴方を見ると、普段どんな言葉を使い、どんな感情で日々を過ごしているのか、なんとなく想像できてしまいそうです。 思いや考えを今度は貴方の口から聞きたいのです?? 暖かい日は毎朝R1を飲んでいます。 職業柄あまり大きな声で言えないのですが、これが朝ごはんになることがほとんどです。 ----- 人間って何?こちらの問いについて、二階のある家というお話より考えさせていただきました? とても範囲の広い問いだと感じたので、今回は一側面を切り取って書きます。 別役実の戯曲 二階のある家 を通して、人間って何か?を考えると、かなり厄介で、でも本質的なところに触れてきます。 結論から少し言ってしまうと、この作品の中での人間は意味を求め続けるのに、意味を確定できない存在です。 ■ 会話しているのに、通じていない 登場人物たちは会話をしています。でも、どこかズレている。言葉はあるのに、理解が成立していない。 つまり人間は言葉を使っているのに、本質的には分かり合えていない存在ということを示しています。 ここでいう人間は、理性的な存在ではなく、むしろ不完全で曖昧なコミュニケーションの中に生きる存在です。 ■ 日常が壊れているのに、それに気づかない 作品の中では、どこか現実が歪んでいます。でも登場人物たちはそれを強く疑わない。 これはかなり怖いポイントで、人間はどんなに不自然な状況でも慣れてしまう存在だということ。 つまり人間は真実を追う存在ではなく、違和感を抱えたまま生きられる存在 とも言えます。 ■ 二階という象徴 タイトルの二階は、ただの建物ではなく、象徴的です。上(理想・意味・真実)、下(日常・現実・曖昧さ)。 人間はその間にいる存在。上に行きたいけど、確実には行けない。だから人間とは意味に手を伸ばし続けるが、完全には届かない存在とも言えます。 ■ 存在そのものが不安定 この作品を読み進めると感じるのは、人間って確かなものじゃないという感覚です。 自分が何を考えているのか曖昧、他人との境界も曖昧、現実すら確実ではない。 つまり人間は固定された何かではなく、揺れ続ける存在です。 だから人間とは不確かさの中で、それでも意味を求めて生きる存在。 どうして私たちは群れるのでしょうか。 孤独が前提の私たち。 人間は思っているよりずっと不安定で、孤独に弱いのが現実でしょうか? 鳳条 暦
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04/23 09:30
automaticといえば、宇多田ヒカル。 七回目のベルで受話器をとった君 名前を言わなくても声ですぐわかってくれる 余談でした笑 AIについて考えていた。便利だと思いつつ取り留めのない思考、どうにも引っかかる。 AIは、生産性革命である。それは間違いない。 だが同時に、もっと別の顔を持っているのではないか。 統治力であり、制圧力であり、ある種の暴力装置としての顔。それは、21世紀における銃・病原菌・鉄に並ぶものなのではないか、という直感がある。 問題は、AIが便利かどうかではない。問題は、それが何を可能にするかだ。もしAIが、人間よりも速く、広く、深く社会の弱点を発見できるとしたらどうなるか。 金融、行政、情報空間、サイバーインフラ、軍事、産業。人間社会は、無数の脆弱性の上に成り立っている。これまでは、それらを見つけ、組み合わせ、攻撃可能な形にするには時間と制約があった。 だがAIは、その制約をほとんど無効化する。 つまり、AIを保有する主体は、社会の弱点を発見し、操作し、場合によっては制御する能力を持つ。これはもはや、生産性の問題ではない。 統治の問題であり、力の問題だ。 さらに厄介なのは、AIが物理領域へと踏み出し始めていることだ。情報だけでなく、現実世界そのものに作用し始めている。この時点で、AIはツールではなくなる。それは構造そのもの。 ここで浮かび上がるのが、もう一つの問題だ。 その力を、誰が握るのか。 本来、統治力や暴力に近い力は、社会的な合意と制御のもとに置かれるべきものだ。 では、国家に委ねるべきか。もしAIが国有化されれば、国家はかつてない規模で監視と統制を行うだろう。それもまた、恐ろしい。 だがそれでも、極めて限られた民間主体にこの力が集中するよりは、まだましなのではないか。 この問いには、簡単な答えはない。ただ一つ確かなのは、AIはもはや単なる便利な技術ではないということだ。 それは、社会の力の配置を書き換える100年後、銃・病原菌・鉄・AIという本が出ても、不思議ではないのかもしれない 鳳条 暦 ?
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04/22 16:45
短期は不安定、中長期は意外と強い。 未だ落ち着きのない相場に感じます? 写真は妹から送られてきた美味しそうなパンケーキの写真? カフェご飯、1人でトライしてみようかなって思っております?? ■ 本日の株価の特徴 戦争ニュースで一時的に急落 → すぐ戻るという動き。米国株などはほぼ高値圏まで回復 ?。 AI・テック企業の強さが市場を支えている ?。 戦争=下がる だけじゃなく、今はかなり織り込み済み ■ 戦争が株価に与える影響(本質) ? 短期:ネガティブ 原油価格↑ → インフレ↑、投資家がリスク回避 → 株売り、実際に急落も起きている ? ? 中期:ニュートラル〜回復 企業利益は意外と強い(むしろ上方修正) ?、市場は「戦争の終わり」を先読みする ? 長期:構造が変わる 戦争はただの一時イベントではなく、エネルギー価格の高止まり、防衛費増加、世界の分断(ブロック化) ■ 今後の株価の展望 ? シナリオ?:戦争が早期収束 株価:上昇しやすい 理由:不安が消える+企業業績は強い ? ? ? シナリオ?:長期化 原油↑ → インフレ↑ → 金利↑、経済成長↓ 世界景気減速 or リセッションの可能性 ? ? シナリオ?:現状維持 不安はあるが、経済は崩れない、株価は上下しながら上へ 怖いのに強い という矛盾状態 鳳条 暦
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04/22 09:30
最近、東洋思想を学んでいて、「DIE WITH ZEROに別の感覚を持つようになった。 あの本は好きだ。 お金を墓場に持っていくな。経験に変換しきれ というメッセージは強烈で、多くの人の人生観を変えた名著だ。 中でもタイムバケットという概念が面白い。 やりたいことを書き出して、体力と年齢に合わせて時間軸に振り分けていく。合理的で、説得力がある。 でも東洋思想を学ぶうちに、気づいてしまった。あの本は本質的に、人生のプロジェクト管理だ。 私たちはふだん無意識にこの思考で仕事をしている。だが、実は人生においては、仕事とは別の考え方もあるかもしれない。 タイムバケットは足し算。やりたいことを積み上げて消化していく。 でも東洋的な発想では、人生は引き算で豊かになる。 本当に必要でないものを削り続けることで、すでにそこにあった自分の輪郭が見えてくる。 やりたいことリストを消化し続けた人生の終わりと、本当に必要でないものを削り続けた人生の終わりは、おそらく全く違う景色を見ているはずだ。 前者はもっとできたかもしれないという感覚が残りやすい。後者はこれが自分だったという感覚に近づいていく。 多くの人は、自分の人生を自分で選び、満足したいと願っているだろう。 でも実は、やりたいことリストを消化しても本物の満足に辿り着くことはできないのだ。 お金が経験になっても、渇きは消えない なぜDIE WITH ZEROの発想では、その感覚に辿り着けないのか。 仏教に渇愛という言葉がある。満たされた瞬間に次の渇きが生まれる回路のことだ。 喉が渇いて水を飲めば一瞬満たされる。でもまた渇く。 お金で言えば、100万円貯まれば300万円が欲しくなる。300万円になれば1000万円が見えてくる。 DIE WITH ZEROはこの渇愛の構造に気づいていた。だからこそお金ではなく経験に変換しろと言った。でも蓄積の対象を替えただけで、渇愛の回路には乗ったままだ。 ハワイに行けば次はヨーロッパが見えてくる。 ビジネスクラスに乗ればファーストクラスが気になりはじめる。 これはまさにお金を経験に代えただけの無限回路。 禅の教え では、その回路から降りるとはどういうことか。禅にこういう言葉がある。平常心是道。 特別なことは何もない。日常の中にすでに道がある、という意味だ。 もし、幸せが未来の経験を獲得することにあるなら、今この瞬間は常に幸せへの途中だ。 今は幸せではなく、幸せに向かう移動中であり、目的地に辿り着くための準備の時間になる。 でも幸せがすでにここにあるなら、今この瞬間が目的地だ。 子どもが笑っている。コーヒーが美味しい。 仕事が無事に終わって風呂に入っている。好きな人が隣にいてくれる。それがすでに幸せの状態であって、覆っているものを取り除けば見えてくる。 東洋哲学が言う今ここにすでにあるとは、瞑想をしろとか、悟れという話ではない。 今この瞬間に完全にいることが、すでに幸せの状態だという話だ。 DIE WITH ZEROを否定したいわけではない。あの本が多くの人の背中を押したことは間違いないし、私もその一人だ。 ただ、東洋思想を学んで一つだけ気づいたことがある。 人生の終わりにもっとできたかもしれないと思うか、これが自分だったと思うか。 その違いは、今どんな問いを持って生きているかで決まるのかもしれない。 どう使い切るかを問い続けるか。 そもそも何が必要かを問い続けるか。 あなたの幸せは、すでにそこにある。 削り続けることで、それは姿を現す。 生きやすいのはどちらの考え方だろう。 鳳条 暦
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04/21 09:31
体調は大丈夫でしたか? 素直になりたくても、どうしてもなれなさそうな貴方様を可愛いと思っています。 不器用で、でもそんな真面目なところをもっと見たい。 全部全部一緒に楽しみたいのです?? 興味があったホワイトニング?これはまぁじっくりやりたいところ? ----- これから暑くなり、どうしても食が細くなるのでおにぎりを作ることを日課にしています? 綺麗な三角に握ろう、何を入れようか、どれくらいの強さで握ろう、どうしたら美味しく握れるだろうか。 色々考えているうちに下記の文章も完成していました? 最近で1番美味しかったのはシンプルな塩昆布おにぎりです? ??おにぎりは、削ぎ落とした人生の象徴 人生を整えたいと思うほど、人は何かを足そうとする。 知識を足す。 ?人脈を足す。 ?収入を足す。 ? 肩書きを足す。 ?安心を得るために、保険のように予定や物を積み上げていく。 しかし本当に心が満たされる瞬間は、意外にも足し算の先にはない。 それを教えてくれるのが、おにぎり。 白い米。 ?ひとつまみの塩。 ?必要なら海苔。 ? そして中心に、たったひとつの具。 驚くほど少ない要素なのに、あれほど満足感がある。 ?豪華ではない。派手でもない。 ?食べ終わったあとに不思議と整っている。 私はここに、人生の本質を見る。 本当に大切なものは、最初からそんなに多くないのかもしれない。 たくさん持っている人が強く見えた。 多くの選択肢。 ?多くの繋がり。 ?多くの収入源。 ?多くの可能性。 けれど生きていくうちに、増やしすぎたものが逆に自分を曇らせることがあると知る。 情報が多すぎて、何を信じればいいかわからない。 ?人付き合いが増えすぎて、本音が見えなくなる。 ?やることを増やしすぎて、自分が何をしたかったのかを忘れる。 そんな時、ふと食べた塩むすびに救われることがある。余計な味がないからこそ、米の甘さがわかる。 ?余計な装飾がないからこそ、自分の感覚が戻ってくる。 人生も同じだ。 本当に必要なものだけを残した時、ようやく自分の味がわかる。 おにぎりは、手で握る。機械のように均一ではなく、少しいびつで、少し柔らかい。 ? 力が強ければ固くなるし、優しければほどけそうになる。その不完全さが、安心をくれる。 人もまた、完璧に整いすぎると息苦しくなる。 弱さもある。 ?迷いもある。 ?時には形が崩れる日もある。 それでも、手のぬくもりを感じるような不完全さにこそ、人間らしさは宿る。 削ぎ落とすとは、完璧になることではない。 ? むしろ、余計な見栄や虚勢を外して、少しいびつなままの自分を受け入れることなのだと思う。 具材は一つでいい。 梅でも、鮭でも、昆布でもいい。 ? 中心に“これだけは譲れない”ものがあれば、おにぎりは成立する。 人生もきっと同じだ。 全部を手に入れようとしなくていい。 ? 誰かの正解を全部なぞらなくていい。 自分の真ん中にあるひとつ。 譲れない仕事。 ?守りたい人。 ?大切にしたい美意識。 ?静かに積み上げたい日常。 それさえあれば、人は意外と強く生きられる。 おにぎりは、削ぎ落としたからこそ美しい。 余計なものを手放して、 ?本当に必要なものだけを残した形。それはまるで、遠回りしながら少しずつ本質へ近づいていく人生そのものだ。 たくさん失って、たくさん迷って、 ?最後に手元に残るものは案外少ない。でも、その少なさこそが豊かさなのかもしれない。 白い米の甘みを知るように、 ?削ぎ落とした人生の静かな幸福を知る。 今日もまた、手のひらに収まる小さな哲学を、ひとつ握りしめながら生きていく。 こんなに毎回は考えてられないので、今日もなんとなくおにぎりを握る。 具材はとりひき肉と卵でチャーハン風、味付けにはコチュジャンと鶏がらスープ。隠し味にはマヨネーズ、生姜少々。 人生こんなもんでしょう?? 鳳条 暦
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04/20 17:10
なんて素敵な光景だ。ニヤニヤが止まらない。 ? それは声に出すには少し軽く、胸の奥に置いておくには、やけにやわらかい言葉だった。 ? 少年は、ノートに向かっていた。分厚いメモの上を、ためらいながらペンが走る。 ときどき止まり、わずかに首をかしげ、また書く。 ? その繰り返しが、あまりに静かで、あまりに整っていて、時間だけがそこに置き去りにされているようだった。 ? 「あなたの好きなところ 100」頁の上で、その言葉だけが少し浮いて見えた。 ? 百、という数の重さを、彼はどこまで引き受けているのだろう。 ? 指先ほどの文字で、誰かの輪郭をなぞるように、言葉が並んでいく。 ? 私は視線を逸らすべきだった。それが礼儀であり、距離であり、守るべきもののはずだった。 ? けれど、目は留まり続けた。少年はふとスマートフォンを開いた。光が顔に反射して、表情が少しだけほどける。そこに映っているのは、過去の断片だろう。 ? 笑っている顔。風に揺れる髪。どこかの。 ? 彼はそれらを確かめるように見つめ、やがてまた、メモに戻る。 ? 言葉は、思い出を追い越さない。ただ、その隣にそっと置かれていく。 ? メモのページにはひとつ「海へ行く」の言葉。 ? それは回想ではなく、まだ訪れていない時間の名残だった。 ? 書かれているのは、好きなところではない。 けれど、そこに書かれずにはいられなかったもの。 ? 未来は、こうして紛れ込むのだろうか。過去と同じ顔をして。 ? 私はようやく、自分が何を見ているのかを知った。これは記録ではない。数え上げでもない。 ましてや、証明でもない。ただ、続いていくことへの、ほとんど祈りに近い、手つきだった。 ? 覗いてしまった、と思った。 ひとの内側は、もっと暗く、もっと濁っているものだと、どこかで決めつけていた。 ? それなのに、そこにあったのは、あまりにも無防備な光だった。 ? 代償、という言葉が浮かぶ。けれど、何を差し出せば釣り合うのか、わからない。 ? 忘れることはできない。かといって、触れることもできない。 ? だからせめて、そのままにしておこうと思う。 ? あの頁の上にあったものを、私の中で、書き換えないように。 ? 百に届くかどうかも知らない言葉たちと、 ひとつだけ先に置かれていた未来を。 鳳条 暦
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04/20 09:30
最近は覚えるべき単語を好きなアニメの曲に乗せて自然と頭に入れています。 歌を歌うのは良いことですね。 目が醒めて、口を動かして耳に音が通る。 側から見たら変なやつなんですけどね。 大学時代よりも楽しくやってます?? 時間作るのが私は下手くそなので、これから読めそう?本を教えてくれて嬉しいです?? ----- 解像度を高めてみたくなる、とても良い言葉に出会えました。 私は意外とビビリですからもっと前に進みたい時、腰が重い。 こんな時前に進む勇気をくれるような考え方に感じます。 ??前向きな姿勢を作る上で最大の敵は、外部環境ではなく自己への過度な執着やエゴ。 外部からの新しい情報を受けとる力が弱くなる。 人はなぜエゴに縛られるのか。 それは自分を守るため。間違っていると思われたくない、否定されたくない、過去の選択を無駄にしたくない。 こうした感情はごく自然なもので、人として健全。守りが強くなりすぎると問題が起きる。 人は自分を守ろうとするほど、世界を正しく見ることができなくなる。 自分にとって都合のいい情報だけを集め、都合の悪い情報は無意識に切り捨てる。 怠けているわけでも、性格が悪いわけでもなく、脳の性質としてそうなってしまう。 その結果新しい視点は入らず、考えは更新されず、過去の自分の延長線上を生き続けることになる。 環境が原因なのではなく、自分の内側で成長が止まっている状態が生まれる。 重要なのは、エゴをなくすことではなく、エゴに気づき、距離をとること。 例)誰かの意見に違和感を覚えたとき、すぐに否定するのではなく一度こう考える。 これは自分を守ろうとしている反応かもしれない。この一瞬の間があるだけで、世界の見え方は変わる。 前向きさとは常に前を見ることではない。自分の内側に起きている反応を観察し、それに飲み込まれない状態。 前向きな人ほど、実は自分を疑う力を持っている。この考えは本当に正しいのか、今の拒否反応は防衛ではないか、もっと違う見方はできないか。 こうした問いを持てる人は、常に自分を更新し続けることができる。皮肉なことに、自分を守ろうとするほど可能性は狭くなり、少し手放すほど世界は広がる。 前向きな姿勢とは外に勝つことではない。内側で起きている自分を守る反応に気づき、それと適切な距離を取ること。 その余白が、新しい価値観や学びを受け入れる力になる。 自分へのこだわりを少し緩めること。 価値の軸を内側に持つのはみんながわたしの軸に関心がないと知ること。 エゴとどうやって距離を取るか? 鳳条 暦
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04/19 10:01
大人になってからの90分授業はなかなかに眠たいものです?学生時代は先生の話以上に自分で気になる方向に進むタイプでした。 興味のある内容であっても眠いものは眠い。 手や体を動かせる実技授業が好きです。 貴方様と過ごす110分は何をしていてもあんなに早く感じるのに。 可愛すぎるフルーツ餅?? 完熟マンゴーはほっぺた落ちそうでした? 実はまだこの犬ちゃんさまだけ食べていないのです? お迎えするなら昔から猫さまだ!と決めているのですだ、犬ちゃんさまとは毎朝お散歩orランニングに行きたい人生です! ----- 当たり前=悪ではないがそこを雑に扱うと浅くなる。 当たり前の扱い方が重要なのかな? ポジティブで爽やかな貴方を思い浮かべながら、貴方の座右の銘を読み、考えていましたので思想として、私なりに整えてみました。 貴方のきっと1番奥の部分で、根っこの部分こそ理解したいなと思いました? 当たり前と不満、当たり前と学びの相関関係 同じ環境にいてもどうすればもっと良くなるか、どんな学びがあるかとポジティブな視点で物事を見ることができる。 当たり前が増えると不満が増える、減ると学びが増える。 ■ 当たり前と不満、当たり前と学び 人は同じ環境にいても、見ている世界は全く違う。 ある人は足りないものに目を向け、不満を積み重ねる。ある人はすでにあるものに目を向け、そこから学びを引き出す。 差を生むのが、当たり前の扱い方。 当たり前とは慣れの積み重ねにすぎない。 繰り返し触れることで、驚きが消え、価値の輪郭がぼやけていく。 人はそれを当然だと認識した瞬間に、そこに含まれていたはずの努力や偶然、他者の配慮を見落とすようになる。 この状態が、不満の土壌になる。 なぜなら当然であるはずのものに、わずかなズレや欠けが生じたとき、人はそれを失われたものとして強く感じるから。 満たされていることには鈍く、満たされていないことには敏感になる。 当たり前が増えるほど、不満が増えるとは、 そういう構造が見えました。 当たり前を一度ほどいてみると、世界の見え方は変わる。 「なぜこれがあるのか」「誰のどんな働きで成り立っているのか」「この環境から何を受け取れるのか」 問い直した瞬間、これまで背景に溶けていたものが、意味を持って立ち上がる。 そこには、気づきがあり、工夫があり、余白がある。 学びとは新しい何かを得ることではなく、すでにあるものを当たり前ではないと捉え直すことから生まれる。 当たり前が増えると、不満が増える。 当たり前が減ると、学びが増える。 環境の問題ではない。同じ場所にいても、当然だと閉じるか、なぜだと開くか。 視点の差が、不満に飲まれるか、学びに変えるかを分けている。 人は環境を変えなくても、見方を変えることで、同じ現実からまったく違うものを受け取ることができる。 当たり前とは、思考停止の入り口にもなれば、 学びの入り口にもなる。 どちらに転ぶかは、いつも自分の側にある。 鳳条 暦
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04/18 17:57
半袖のセーラー服に、まだ少し大きめの上着。 どこかから「もう夏だね」と囁く声が聞こえた気がした。 不思議な感覚だった。 肌をわずかに露出するその制服姿には、若さと、守られているような幼さが同時に宿っている。 私の住んでいた地域では、セーラー服は頭の良い学校の象徴だった。 だからだろうか、あの制服にはほんの少しの憧れがあった。 「着てみたかった」と言えば、それは嘘ではない。 けれど目の前の現実は、少し違う。 かわいらしい制服に対して、背中には不釣り合いなほど大きなリュック。 中身はきっと教科書や課題でいっぱいで、軽やかさとは程遠い重みを背負っている。 そのアンバランスさが、妙にリアルだった。 かわいいだけでは済まない日常。 それでも彼女たちは、それを当然のように背負って歩いていく。 その姿を見て、ふと胸の奥が揺れた。 戻りたい、という感情が、思いがけず顔を出したのだ。 きっとそれは、あの頃そのものではなく、 何かに守られながら、不完全でも許されていた時間への郷愁。 季節はただ巡る。 同じ夏は、もう二度と同じ形では訪れない。 鳳条 暦
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04/18 09:31
一番の長いお付き合い。特別という言葉はあなたに贈りたい。 秘め事が増えてしまいましたね。 奄美旅行??楽しんできてください。 ひびく波音、揺れる花。晴れを祈ります。 早くまた私のところに帰ってきてね。 ----- 本当にやりたいことを探す =安全圏の外に出る必要がある という前提に立つと、リスクは敵ではなく材料になる。 今やっていることは本当にやりたいことなのか? 自身がなんのために働くのか、聞かれて もやっとしたので一度考え方を考えようと思います。 ??本当にやりたいことを探したいのならリスクを取る時があってもいい ■ ? なぜリスクが必要になるのか やりたいことはやったことがない領域にあることが多い。 経験がない、成功パターンもわからない、周りに理解されない可能性もある。 この時点で不確実性がリスクになる。 リスクがない選択はすでに知ってる世界の延長。本当にやりたいことには辿り着きにくい ■ ? =危険ではない 多くの人はリスクは失敗。リスクは怖いもの と捉えるが、実際はリスクは結果がまだ確定していない状態。 成功する可能性も含まれてる。自分の新しい一面に出会う可能性もある。 ■ ? 取り方が重要 闇雲に飛び込むのは別物。いいリスクの取り方は、小さく試す(いきなり人生全部賭けない)、戻れる選択肢を残す、自分の中で許容できる失敗を決める。 例)副業として試す、期間を決めて挑戦する、最低限の生活ラインは守る(戦略的リスク) ■ ? リスクを取らないリスク ずっと同じ環境、変化なし、安定してるけどモヤモヤする。一見安全だけど何も変わらないというリスクを取っている状態。 長期的には後悔、自己理解の不足、可能性の固定化につながることもある。 ■ ? 本質的な問い どのリスクなら自分は納得できるか? 失敗するリスク、何も挑戦しないリスク。どちらが自分にとって痛いかを考える。 広げるためのリスクはとれる リスクを取る緊張感、失敗を経験するからこそ血肉になる。 失敗は学んではいけない。 本当に危ないラインを肌で知ってるからこそ、素早く意思決定できるようになる。 自分を理解してくれるのは自分しかいないと感じる時は、ゆっくりと自分を労るところから。 鳳条 暦
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04/17 09:30
人見知り同士で探り合いをしてしまいましたね。 でも最後の貴方のことが少しだけ聞けて嬉しかったです。 前日までお仕事をされていて、眠たそうな目の貴方も可愛らしいと思いました。 しかし今度はたらこ唇になるくらい、吸いついてやろうと思います。 ファッショナブルなチョコレート? 右端のホワイトチョコが溶けてしまいました? 暖かい季節になりましたね/// パンを片手にお散歩したいです? ----- 貴方からもらう言葉に一喜一憂します。 貴方と過ごす時間がさらに早く感じるようになりました。 もらったお菓子はどれだけ好きなものでもいつも以上に味わって食べます。 貴方と本当に仲良くなって関係が深まってきたと感じるのですが、いったい何が変わったのでしょうか? いつも今日は何をしたら楽しいかな?と考えるのが楽しくて堪らないのです?? ??会える時間にこそ 伝える言葉ではなく、自分がどう在るか。 ? =価値があるもの 当たり前にしない。会えてること自体がすでに特別っていう前提。 ? 意味を持たせる 会うことそのものが目的でもいいと思える関係を大事にする。 ? 深める=質を見る 回数や時間の長さではなく、どれだけ相手を見れているか。どれだけ自分も開けているか。 ? 自分が先に開く 関係の深さはどちらかが作るきっかけになることが多い。相手待ちではなく自分から一歩踏み込む。 ? 今この瞬間にちゃんといる 過去や未来じゃなくて、会ってるその時間にどれだけ集中できてるかで深さが変わる。 表じゃなくて“奥”に触れていくこと 遠慮が減って、自然体が増えること 理解されてる感覚と理解したい気持ちが循環すること 時間の濃さが変わること 関係全てに通ずる。 結局のところ深みは無理がなくなる瞬間。 深まるは相手をより知ることと、自分をより出せることが同時に起きてる状態。 頑張って盛り上げなくてもいいし、 無理に良く見せなくてもいい。 それでもちゃんと成立してる関係。 邂逅って難しい言葉だなー 鳳条 暦
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04/17 08:30
本日より予約開始の23(木)の出勤時間に変更がありますので、お知らせします? 理由はたまたま学校も自宅学習日でしたし、 5枠目に嬉しいお誘いがあったから///? お時間が合う方がいらっしゃれば、お会いしたいです? 鳳条 暦
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04/16 17:16
15時を少し過ぎて、16時にはまだ届かない。 電車の中でも、人の気配がふっと薄くなる、あの静かな時間帯。 座っていると、目に入ったのは 海外の貴婦人、と呼びたくなるような女性。その隣に大柄な旦那さま。そばには小さな男の子と、その子を見守るお母さん。 女性は短い髪に黒縁のメガネ。 全身を紺色でまとめた、飾り気のないシンプルな装いなのに、不思議と目を引く。耳元で揺れる大粒の金のピアスだけが、静かな存在感を放っていて、その人の歩いてきた時間まで映しているようだった。 華やかというより、積み重ねられた品のよさ。歳月を味方につけた人の美しさだった。 席を譲ると、隣の旦那さまが少し身体をかがめて、カタコトの日本語で「ありがとう」と言った。よく見るとメガネはお揃いのようだ。 その言葉には、旅先の遠慮と、誰かの親切をまっすぐ受け取る素直さが混ざっていて、聞いたこちらまでやわらかい気持ちになる。 その横で、小さな男の子はずっと車窓に夢中だった。 流れていく景色に目を奪われ、時々身を乗り出しては、お母さんを少し困らせる。 でも、母を困らせる横顔がなんとも可愛らしい。 世界はまだ全部が新しくて、窓の外を流れる街でさえ冒険なのだろう。 お母さんにとっては、きっと落ち着かない数分。 それでも、こうして誰かに少し困らされる時間こそ、あとで振り返れば、いちばん眩しく思い出す時間なのかもしれない。 席を譲ったのは、ほんの小さな行為だった。 けれどその数分で、異国の品のある夫婦と、世界に夢中な幼い横顔と、少し疲れた母のやさしさに触れられた。 電車というただの移動の箱の中で、人生の断片がふっと見える瞬間がある。 今日はそれに立ち会えた気がして、席を譲ってよかったと、静かに思った?? ? 鳳条 暦
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04/16 09:30
頑張り屋でストイック、昔の自分を重ねました。 固いものほど壊れた時が悲惨です。貴方のペースで進んでほしい。 次に会う時は何か変化があるのか、つまづいたら頼ってほしいです。 でも自分のことは沢山可愛いって言ってくださいね?? ロエベのボディクリーム。乾燥しやすいし、これからは手先が資本になるので、ものすごく助かります/// 持っているだけで女子力の上昇を感じます?? ----- 夜更かしが好きです。 夜の静かな時間がさらに感覚を研ぎ澄まし、とても集中できるように感じます。 朝弱いので、はよ寝ろって感じですが? 現象としては単なる生活習慣ではなく、人間の心理・社会・存在の問題までつながっていそう。 ■ なぜ人は夜更かしをするのか ? 自由の回復(心理的補償) 日中はやるべきことに支配されている →仕事、学校、人間関係、役割 夜になるとそれが消えるため、誰にも支配されない時間が生まれる。 これは心理学でいうリベンジ夜更かしに近い。 夜更かしは失われた自由を取り戻す行為。 ? 世界との距離が生まれる 夜は静かで、人も少ない。 昼は社会の中にいる自分。夜は世界から少し切り離された自分。 このとき人は自分を見つめる、想像、哲学的思考に入りやすい。 夜更かしは自己との対話の時間 ? 意識の変性状態 夜遅くなると脳の状態が変わる。判断力は落ちる。でも連想や創造性は上がる だから音楽が深く刺さる、アイデアが出る、感情が増幅される。 夜更かしは軽いトランス状態 ■ 夜更かしが生むもの ? 創造 多くの作家やアーティストが夜に活動する理由 夜はノイズが少ない、他者の視線がない、思考が自由。 →新しいものが生まれやすい ? 孤独と向き合う力 夜は孤独を増幅する。これは悪いことだけでらなく、自分の弱さ、不安、欲望に触れる時間になる。 夜更かしは自己理解の装置 ? 破壊(代償) 当然デメリットもある。体内リズムの崩壊、判断力の低下、メンタルの不安定化。 夜更かしは自由と引き換えの消耗 ■ 哲学的に見ると 夜更かしはある意味で社会的時間への抵抗。 昼の時間は社会が決めた時間。夜の時間は自分で選ぶ時間。 だから夜更かしは小さな反抗、個人の主権の主張とも言える。 ■ ここからもっと面白くなる 1. 夜更かしは現実逃避か創造か? 境界はどこにある? 2. 健康を削ってでも守りたいものは何か? 自由?孤独?自己? 3. 夜にしか出てこない本当の自分は信用できるのか? 自由・孤独・創造・破壊が同時に存在する行為 しばらくは貴方のことを考えて眠れない夜が続く予感。 優しく撫でてくれたのなら、少しは早く寝ることができるかな? 鳳条 暦 ?
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04/15 17:01
朝の一番初めのお時間に空きがあります? 17.18日 11:00- 朝晩はまだ少し冷えますね。 沢山くっつけたら嬉しいです?? 鳳条 暦
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04/15 09:30
私と一緒にいる時の貴方様はただ男の子なのかも。 素直な貴方様を見せてください。 距離が前より近づいた気がします。 映画の話が盛り上がりすぎてしまったら、貴方の手で止めてくださいね。 これはカルパッチョ。私が最近食べられるようになったものの1つです??新鮮な魚や野菜で作るからこそ、シンプルな味付けが映えます。 ----- 花見で一杯やるのなら、桜は祇園の白川のあたりで見るのがおすすめらしい? 私は桜を見るためにどこかに赴くことはありませんが、いつか余裕ができた時は桜を眺めてぼーっとしたいところです? 今年は本当に早く過ぎてしまったように感じます。 ??なぜ花じゃなくて桜なのか ? タイミングの花 昔の日本では、桜は単なる観賞用じゃなくてカレンダー。桜が咲く → 田植えの開始時期。桜の状態 → その年の気候のヒント。 サクラという言葉はサ(田の神)+クラ(座る場所)という説も。 桜は、神様が降りてくる目印の木。農業のスタート合図 ? 一気に咲いて一気に散る 梅や他の花と決定的に違うのは一斉に満開になる、すぐ散る。この特徴が、日本人の好きな美意識、無常とドンピシャ。この感覚は方丈記や、武士の死生観にも通じる。 一番美しい瞬間が一番短いからこそ価値があるこのロマン性は桜が圧倒的。 ? 集団美 桜は1本でも綺麗だけど、同じ時期に一斉に咲く。山や街を一色に染める。風景そのものを変える。 梅や桃は個の美しさ寄り、桜は空間を支配する美。 →みんなで見る文化に向いてる、宴会との相性がいい ? 日本の象徴 江戸時代以降、徳川吉宗が桜を大量に植えさせる。庶民に花見を広める。 近代になると、桜=日本。散る桜=潔さ。のイメージが国家的に強化 ? 気候との相性 日本の春は寒い冬 から一気に暖かくなる。 (学校・会社の新年度) 桜がドンピシャで咲く。? →始まりと別れの象徴に、感情とリンクしやすい。 桜が特別なのは偶然じゃなくて、私たちは桜の無常にこんなにも惹かれる 在り方を創る。 鳳条 暦
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04/14 21:46
保育園児が叫んでいました。今日怖い夢を見た…と。一体どんな夢なのかなと思って耳を傾けていると、今日食べようと思っていたおやつを食べられた夢らしいです笑笑? 微笑ましい? こわいものはこわいんですね。 生活リズムの変化から私の生息地が変わりました。 生息地が変わると、出会う人や聞こえる会話にほんのり変化があります。 騒がしすぎるのは苦手なのですが、 小一時間勉強する時は以外とそのような空間の方が、かえって集中できる場合が多いです。 イヤホンを手放せないくらい、外界の音をシャットアウトするタイプでしたが、 たまには周りの声を聴くのも良いと感じます?? 鳳条 暦 ?
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04/14 09:30
勧めてもらった本を読み切りました。 ここに書かれている内容は今の自分にはまだ早いなー…と思いつつ、 きっとあっという間にその時は来てしまいそう? 今の自分なりに色々考えました。 ??いつかやりたいことリストを増やすだけではダメ。 DIE WITH ZEROが刺さるときは頭では分かるけど、感情が拒否るというズレがほぼ必ず起きる。 それはこの本はかなり強めに人生の前提をひっくり返してくるから。 ■ コアはお金ではなく記憶の最大化 多くの人はお金を最大化する人生を無意識に選んでる。この本は思い出(=経験)を最大化する人生にしろと言ってる。 経験は時間限定の価値がある。年齢によってできることが変わる 例)20代のバックパッカー旅、40代の家族旅行70代のゆったりした滞在 全部別物で、後から代替できない ■ 脳が拒否する理由?:将来不安が本能だから 人間の脳は基本的に生き延びること最優先。 だから、貯金減らす、今使うという発想は=危険!!と自動判定される。 この本は本能に逆らえ!と言われているようなものだからキツイ。 ■ 脳が拒否する理由?:もったいない精神 日本人は使わない方が偉い、残す方が安心。 しかしこの本の視点だと、使わないお金は機会損失。 例)体が元気なうちにしかできない経験を逃すことのほうが実は大きな損失 ■ 深いポイント?:人生にはピーク体験の旬がある 本では明確に言ってるわけじゃないけど、本質は経験には最適年齢がある ■ 深いポイント?:記憶の配当 ここが一番強い思想で経験は後から何度も味わえる資産 例)旅行の思い出、達成した経験 これらは何年も反芻できる 早く経験した方が配当回数が増える 早く使えって根拠 ■ 深いポイント?:最適な死に方という逆算 タイトルの核心、死ぬときにお金を残しすぎるな。これは単に浪費しろではなく、人生の最後にやり残しが少ない状態を作れという話 体を扱う仕事をする私からすると、身体は今この瞬間が一番若いから今やる価値が最大なのだというような理解はできました。 ■ この本の理解が深まる問い そのお金、いつ使うのが一番人生の価値が高い? これに答えられるようになれば、この本はただの自己啓発じゃなくて人生設計の軸になる ??一箇所じゃなく全部がモヤる 価値観レベルで揺さぶられている。 今まで正しいと思ってた生き方が否定されかけてるから違和感が出てる ■ 中にある前提 意識してなくても、多くの人はこういうOSで生きてる。お金はできるだけ減らさない方がいい、将来の安心が最優先、無駄遣いは悪、コツコツ積み上げるのが正解。 DIE WITH ZEROは使わない方がむしろ無駄、将来のために今を削りすぎるな、金より時間のほうが希少、思い出に投資しろ 真逆すぎて脳が「いや待て!」ってなる ■ この違和感の正体 ?損したくない自分とぶつかる 人間は得するより損を避けたい(損失回避) お金を使う=損に感じる。 でも本は使わない方が損と言う ?未来の自分を過信してる なんとなくいつかやる、そのうち余裕できたらと思いたいし思っている。 本はそのいつかは来ないか、価値が下がるって突きつける…これが地味に痛い。 ?死を前提に考えてない これが一番大きい。普通はなるべく死を考えない。本は死ぬ前提で最適化しろと言ってくる だから全体がずっと居心地悪い 使うタイミングを最適化しろ ■ モヤモヤを突破するコツ 全部理解しようとしなくていい 今やらないと価値が落ちることを1個決める。それにちょっとだけお金と時間使う ■ 最後に この本の理解って納得するものじゃなくて慣れるもの 最初はずっと気持ち悪いけど、きっとそこにこの本のエッセンスぶっ刺せると思う。 学校で習う勉強もとても大事だと思うのですが、本は私に知識だけではなく、考える余地も与えてくれるように感じます。 学んで忘れての繰り返しの人生だと思うのですが、それでも覚えていた知識を大事にしたいです。 ----- 本日 13:15- 空きあります? 鳳条 暦
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04/13 21:31
月曜日になるとどうしても気になる話題です? ■ 今の戦況 2026年2月末に米・イスラエルがイランを攻撃して開戦 。イランは報復で中東全域にミサイル・ドローン攻撃。。ホルムズ海峡(石油の要所)を巡る攻防が核心 現在は停戦に近い状態だが、実質はいつ再開してもおかしくない緊張状態。 さらに最新ニュースでは米国がホルムズ海峡封鎖を示唆 ? ■ 要人発言まとめ ?? アメリカ側 トランプ大統領 「従わなければ国を壊滅させる」系の強硬発言 ?体制変更(政権転覆)も視野 ? 戦争の目的が交渉ではなく、体制破壊 ?? イラン側 停戦案を拒否し恒久的終戦+制裁解除を要求 ?。報復は壊滅的になると警告 ?。 最高指導者 「戦争は望まないが報復はする」 ? 絶対に降伏しない姿勢(国家存続戦争) ? 重要な構図 米国:圧力で屈服させたい イラン:体制維持のため絶対譲らない ■ 今後のシナリオ予測 ? 一番あり得る:ズルズル長期化 小規模衝突+停戦+再衝突を繰り返す。代理戦争(レバノン・湾岸・イスラエル)拡大。 理由? どちらも完全勝利できない。でも負けも認められない。 ? 中リスク:全面戦争(エスカレーション) 引き金はホルムズ海峡封鎖、大規模空爆再開、石油施設攻撃。 実際すでに海峡問題が激化、インフラ攻撃も発生。 起きたら原油爆上げ、世界経済ダメージ(IMFも警戒) ? ■ 第三次世界大戦の可能性 今すぐ世界大戦は低い。でも拡大の芽は確実にある ■ でも危ない理由 ? 代理戦争が広がる レバノン(ヒズボラ)、イエメン(フーシ派)、シリア・イラク →気づいたら戦線が増えていく ? 事故・誤爆リスク 誤って他国の基地攻撃民間船撃沈 →一気に参戦国が増える可能性 ? ホルムズ封鎖=世界巻き込み もしイランが本気で封鎖したら欧州・日本・中国 の全てに影響。軍事介入の口実になる 一気に国際戦争化 避けたい…平和であれ…?? 鳳条 暦
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04/13 17:12
キャンセルと空き枠のお知らせです? 1.2枠出勤になってどうしても片方だけ埋まることが増えました? この日はキャンセルも出てしまったので、まだ空いています。 お時間が合えば会いに来て欲しいです?? 鳳条 暦
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04/13 09:30
第一回カード語りは途中で終わってしまいましたね。 ? 私の大恋愛。笑 ? いつか1冊くらいの本を作りたいものですね。 ? 次の約束ができて、楽しみがまた増えてしまいました。会うたびに尋ねたいことが増えるのが幸せで堪りません。 ? 最近は日曜日にも別の案件で呼んでもらえるようになったんです。 ? 大変な事かもしれませんが、貴方が応援してくれるなら百人力です。 最高に美味しい、最高におしゃれな世界感のチョコレート屋さんでした? 店そのものの世界観にもうっとりでした/// ----- ? ■お金、健康、時間のバランスが、満足度を高める 日曜日にも仕事をしたり、頑張っている忙しそうな貴方の話を聞いているとバランスは本当に大事なのだと感じます。 ? ここに来てくださる貴方様はとても時間の使い方が上手で、いつも尊敬しています? ? そんな大人に私もなりたい?? ? ■ ? 3要素は資源ではなく変換システム まず重要なのは、この3つは独立じゃなくて 相互に変換できる という視点。 お金 → 時間(外注・効率化) 時間 → 健康(運動・休養・回復) 健康 → お金(パフォーマンス・継続力) ? どう配分するかではなくどう回すか ? ■ ? 満足度を決めるのは総量じゃなくボトルネック 人の満足度って平均ではなく 一番低い要素に引っ張られる 。 健康が30点 → 他が80でも体感は30寄り 時間がない → 何を持ってても余裕がない ? 戦略はシンプル 。一番低いものを底上げする ? ■ ? 第4の要素がある 同じお金・健康・時間を持っていても満足度が違う人がいる。その差を作るのが ? 意味・納得感(Purpose) 何のために使っているか、自分で選んでいる感覚、他者貢献や成長実感 ? 3つ × 意味 = 満足度 ? ■ ? フェーズによって最適バランスは変わる 一生同じバランスはありえないです。 ? 若い時期 お金<経験・時間・挑戦 (健康は多少無理が効く) ? 大事なのは 今のフェーズでの最適解を理解すること ? 循環している状態が最も満足度が高い ? 健康は最もリターンが高い投資対象 ? 失敗も許すのが人生です。 ? きっと今の自分が未来の自分を助けることになり、未来の自分は今の自分をよしよしして労ってくれるのではないかと思っています。 ? 少しずつ大人になります? ? 鳳条 暦
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04/12 10:02
ちいかわの付箋、可愛らしい文房具。 ? 日記を隅々まで見てそんな一面を見つけて。 ? 普通の女の子と言われて嬉しいと感じます。 小難しい日記が誰かを遠ざけていたとしても、 ? 貴方に見つけてもらえて本当によかったです。 ? 半年後まで覚えてもらえるようにまた自分を磨きます。 一番印象に残っているのは前菜?でした。 2人が美味しいというものは大抵お酒のツマミです?? 沢山お酒は飲まなくても、ツマミを美味しく食べれていまいます? ----- ? 可愛いと言われるとちゃんと恥ずかしいのですが、とても嬉しいです?? ? 可愛いって言われると可愛くなるなる気がしますし、そう思えることは可愛い考えだと言っていただけました。 ? 可愛いが渋滞している? ? ■可愛い 単なる見た目の評価じゃなくて、関係性の中で生まれるものかと思う。可愛い他者のまなざしによって成立する価値でもある。 ? ■可愛いだけじゃダメですか? ダメではないが、それだけだと不安定。 可愛いは評価であって本質ではないため、見る人や状況で簡単に変わる。それに依存すると揺れる。 しかし 可愛いは武器にもコミュニケーションにもなる価値 でもある。 ? ■可愛いって言って欲しい これはすごく人間的な欲求。人は誰でも認められたい、存在を肯定されたいという欲求がある。 可愛いはその中でもわかりやすくて、即効性のある肯定の言葉。 ? ■可愛いって言われると可愛くなる 心理学的にも、人は言われたイメージに寄っていく(自己成就予言) ? 可愛いと言われる→ 自信が出る→ 表情や仕草が柔らかくなる→ さらに可愛く見える というループが起きる。 ? 可愛いだけじゃダメ?ではなく可愛いも立派な価値。でもそれをどう使うかが大事。 ? ただの見た目じゃなくて、感情の動きとして、今のその考え方、ちゃんと可愛い? ? "可愛い"に費用はかかりません。 でもとってもわたしが喜びます。 ? 鳳条 暦
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04/11 09:31
?ついこの間、入学式を迎えました? 春のくせに少し肌寒いですね? ? 今年のスタートは1月かな?と思ったり、2月かな?と思ったり、 ? ? もしかしたら4月なのかもしれない、と感じています。 ? 節目の多い年になりそうです。 ? 新しい環境に、楽しみと不安が混ざっています。 ? 何事も///コツコツ頑張りますので、また会えたら嬉しいです。 3人でまたご飯に行きました? 2人と仲良くさせてもらえているのは、ほんのり奇跡もあるのではないかと今では思います? 性格の違いや元の暮らしの違い、そんなのあって当然だと思いつつ、 私は根本的に人に興味がないため、相手を知る努力をしないタイプでした。 その分いいことも沢山あり、 例えばこのように自分の中で深く考える癖もついたのだと思います。 しかし人間関係にはこれからも苦労しそうな予感。 今回は私が2人を誘って、私がお店決めちゃいました笑笑? 少しずつ私も食材の良さがわかる大人に近づいたような気がします。こちらについては、また別の日記で書きます? なんにせ、また春奈さんと日和ちゃんと会う頻度が減ってしまうと思うのですが、 各々前に進む次第です?? 気持ちよく背中を押してもらえるようなヒトでありたいとまた改めて思いました?? たねやさんの桜餅?桜味って何味なんでしょうか。杏仁豆腐ぽく感じることもあります?? ----- やさしさで溢れるように ? ■やさしさって何か? やさしさは関係の中で生まれる価値。 ? 私が感じた会えてよかったって言ってもらえた瞬間はただの感情ではなく、自分の存在が、誰かの世界にちゃんと影響を与えた。しかもそれが良いものとして届いた。 という、ある種の証明。 ? 義務ではなく、応答。 ? ■ ? 贈与(ギフト)の循環 やさしさって与える→返すという交換ではなく 受け取ってしまったから、流したくなるものに近い。 ? ■ ? 承認の欲求(ヘーゲル的な視点) 人は誰かに認められることで、自分を実感する存在。会えてよかったと言われた瞬間、ちゃんとここにいる存在として認められた。 ? だから今度は、自分も相手を認めたい。相手の存在を大切にしたい。 ? ■ ? 実存的なやさしさ やさしさって正しさではなく、選択。 世界に絶対的な意味がなくても、 この人にとって良い存在でいたいと選ぶこと がやさしさ。 ? 言葉はすごくきれいで、ちゃんと芯がある。 ? やさしさは自分を大切にしてくれたひとを大切にするためにある。 ? 喜びを受け取ったから、それをまた誰かに渡したい。 ? 鳳条 暦
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04/10 09:30
貴方の纏うマイペースが好みです。 ? ソファーに座ってしまったが故に、なかなか動けなくなりました。 ? 話が面白すぎるのも罪です。夜勤が増えることを心配しつつ、であれば朝は私に会いに来てくれるかも…と期待した自分。 ? その目の奥に優しさが映る。表に出さないのは私のためですか? ? もっと貴方と仲良くなれたら嬉しいです? ? 韓国のパック??なのかな?小目標を達成した暁には温泉か旅行に行きたい?? ----- ? 伊勢海老はザリガニ エビはエビ カラスミはボラ キャビアはチョウザメの卵 とびこはトビウオの卵 ? 私からすると、よくわからない食べ物の集まりですが。似ているようで全然違うみたいな感じなのかな? ? 舌と味覚を鍛えたい。 ? 伊勢海老 → ? ザリガニに近い仲間(同じ甲殻類でも系統が近い) エビ(クルマエビ等)→ いわゆるエビ類 ? 見た目は似てるけど、分類的には伊勢海老はむしろザリガニ寄りというのは正しい感覚。 ? カラスミ → ボラの卵巣を塩漬け、乾燥させたもの キャビア → チョウザメの卵 ? 面白いなと思ったのは、人間は見た目、食感、用途でまとめがち。しかし生物学的には全然違うグループということがよくある。 ? カニとエビ → 同じ甲殻類だけど結構違う ウニと貝 → 海産物だけど系統はかなり遠い ? 同じに見えるけど本質は全然違う は現象や哲学のほうが本領発揮する気がしたので考えてみました? ? ■ ?相関と因果 例)アイスの売上が増えると溺死者が増える→ アイスが原因ではない 実際は夏=暑いという第三の要因。 ? これは 相関関係 ?と 因果関係 ?の違い ? ■ ?努力したと成果が出る 直感ではつながっているが、本質的には別。 努力は行動。成果は環境・運・タイミング・戦略込み。 ここに関係するの はコントロールの可能性 ? ■ ?自由と選択肢の多さ 一見同じですが、逆になることもある。 選択肢が多い は迷い・不安・決断疲れ。選択肢が少ない はむしろ楽。 これは心理学の 選択のパラドックス ? ■ ?知っているとできる 関連するのは 宣言的記憶 ?と 手続き記憶 ? ■ ?痛みと損傷 痛いは壊れてる ではない。壊れてるは痛い とも限らない 痛みのゲートコントロール理論 ?で説明される。 ? ■ ?今感じている自分と過去・未来の自分 デレク・パーフィット ?の考え方。人間は連続してるけど同一ではない。未来の自分はほぼ他人。 →将来の自分のために頑張るが難しい。 ? ■ ?公平と平等 社会的にもよく混同される。平等 は全員同じ。公平 は状況に応じて調整。 ? ■ ?納得と正しさ 人は正しいから納得するわけではない。ストーリーがある。感情にフィットする。 ? 似てるものを同じだと思う ? 一緒に起きるものを因果だと思う ? 見えているつながりと、本当のつながりは別物 ? きっと物事はちゃんと理解しないと理解されにくいのですね ? 鳳条 暦
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04/09 09:30
ついつい貴方様の顔を見て冗談を言いたくなります。 ? ほんのり戸惑う顔が想像できてしまうのに、少々困らせたい。 ? 私は貴方が会いに来てくれることが1番嬉しいのですよ。 ? お店の新しいシステムのおかげで、次の約束ができてワクワクが止まりません?? 入学祝いにHERMESデビュー。 CHANELは時代を切り開くような、都会的でスタイリッシュ。 HERMESは伝統的で、価値を持ち続ける本物志向 ----- ? 量子コンピュータと暗号資産(仮想通貨)の関係は、かなり重要で今後の金融やセキュリティに大きく影響するテーマ。 ? お話を聞いた時には目から鱗が落ちていたと思います? ? ■ 量子コンピュータ 量子力学 の原理を使って計算する新しいタイプのコンピュータ。 従来のコンピュータよりも特定の問題で圧倒的に高速になる可能性がある。 ? ■ 暗号資産 ビットコイン などの暗号資産は主に2つで守られている。 公開鍵暗号(ウォレットの安全性)、ハッシュ関数(マイニングや改ざん防止) ? ■ 量子コンピュータが与える影響 公開鍵暗号が破られる可能性 現在の暗号資産は楕円曲線暗号(ECC)を使っていますが、量子コンピュータは ショアのアルゴリズム によってこれを高速に解読できる可能性がある。 ? ■ 危険度 結論: まだ大丈夫だが油断はできない 現在のマシンではビットコインを破るのは不可能。将来的(10-20年)には現実的なリスク ? ■ ? アップグレードの基本構造(前提) BTCは中央管理者がいないので開発者が提案(BIP)、ノード運営者が採用、マイナーが支持、ユーザーが使うという全体の合意で変更が成立 ? ■ ? 実際に想定されるアップグレード内容 ● 新しい署名方式の導入 ハッシュ署名(XMSSなど)、格子暗号(lattice-based) ? ■ ? アップグレードの方法(超重要) ● ソフトフォーク(現実的) 後方互換あり(古いノードでも一応動く)、徐々に移行できる 。 ? ● ハードフォーク(最終手段) 完全に仕様変更、チェーンが分裂する可能性あり。 ? 技術より人間の問題がボトルネック ? 明確であるために要素を減らす。 ? ようはシンプルに。 ? わからないがわからない。 ? 鳳条 暦
<< 2026年5月









































































