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鳳条 暦

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強がりさん

06/08 17:15

強がりさん

初めまして でしたか?会話のキャッチボールから始めますか?

もう貴方のことはたくさん知ってるつもりだったのに?

私もまだまだですね。これからは、自分のことも磨きますから。

これからもどうぞよろしくね??
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歳を重ねるほど、かわし方も諦め方も上手くなる。でもこの老人は正面から引かない。
歳を取っても譲らないものが残っている人でありたい

敬意と殺意のあいだで
??サンチアゴの倫理について

歳を重ねるほど、かわし方が上手くなる。

これはただの観察だ。長く生きるということは、どこで力を使い、どこで退くかを学ぶことでもある。譲ることを覚え、流されることを覚え、やがてその技術に成熟という名前がつく。角が丸くなるのは、摩耗の証であると同時に、生存の証でもある。

だからこそ、ヘミングウェイの老人サンチアゴは異様に映る。

何日も海に出て、何日も引き摺られて、それでも綱を手放さない。そして大魚に語りかける??「いいやつだな。たいしたもんだ。きょうという日が暮れるまでには死んでもらうが」。

敬意と殺意が、同じ一文の中に並んでいる。

普通、この二つは矛盾する。相手を尊重するなら手を引く、あるいは相手を倒すなら軽んじる??どちらかに振り切るのが、合理的な人間のやり方だ。しかしサンチアゴは両方を手放さない。魚の偉大さを認めながら、それでも殺すと決めている。

これは頑固さではない。もっと静かな何かだ。

相手の強さを正面から受け取る、という行為。値踏みしない、という態度。魚が強ければ強いほど、老人はそれをそのまま見る。縮小しない、矮小化しない、たいしたことないと言って楽になろうとしない。

そしてだからこそ、全力を出す理由が生まれる。

手を抜くことはある意味で相手への侮辱だ。本気で向き合わないということは、相手をそれだけの値打ちのないものとして扱うことでもある。サンチアゴの殺意は、敬意の裏面として存在している。

老いの知恵が省エネの方向に働くとすれば、サンチアゴの老いは逆だ。長く生きてきた分だけ、何が本物かを知っている。だから本物を前にしたとき、引かない。
引けない、ではなく、引かない。そこには意志がある。

譲らないものが残っている人

信念や主義のことではない。戦う価値のあるものを前にしたとき、なお正面に立てるかどうか、ということだ。歳を取るにつれて、その正面に立つための筋肉は衰えやすい。使わなければ、静かに失われていく。

サンチアゴは孤独な老人で、最後に魚を持ち帰ることもできなかった。それでも彼は何かを失わなかった。

正面から引かなかった、という事実だけが海から陸へと戻ってくる。

私はまだ、かわし方を覚えている途中にいる。

うまく退く日もあるし、流されたほうが楽だと知っている日もある。それが悪いこととは思わない。でも同時に怖いとも思っている。気づかないうちに、正面に立つための何かを少しずつ手放してしまうことが。

だからサンチアゴの姿が刺さる。結果ではなく姿勢として。魚を仕留めたかどうかではなく最後まで綱を握っていたかどうか、という話として。

譲らないものが残っている人でありたい、と思う。それは強さの話ではなくて、何かを前にしたとき、まだそこに立っていられるか、という問いへの、
終わらない答えとして。

鳳条 暦


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