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04/27 09:30
退屈を奪っていこう
優しすぎる先生は多くの方から頼りにされています。
貴方にだけは頑張れと言えない? 無茶をしてはいけません。
どうか次にお会いする際には全てが良い方向に進んでいますように。
自分、運だけは良いのです。
ラ・メゾン・デュ・ショコラの春のチョコ??? 季節限定という言葉に弱い。夏になると食欲が落ちてチョコばかり食べていた時期があるので、美味しいチョコには要注意?
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??楽しむ人には敵わない という言葉には、
かなり深い真理があると思う。
人はよく、努力できる人が強い、才能がある人が強い、我慢できる人が強い、と思いがちだけれど、実は一番強いのはその行為の中に喜びを見つけてしまった人なのかもしれない。
努力している人は、まだどこかで自分と戦っている。やらなければならない自分とやりたくない自分がいて、その間で踏ん張っている。
でも、楽しんでいる人は戦っていない。むしろ、その行為と自分が一体になっている。
孔子の 知る者は好む者に如かず。好む者は楽しむ者に如かず
という言葉は、単なる勉強論ではなく、人間がどう生きる時に一番深く力を発揮するのかを語っているように思う。
知っているだけの人は、まだ対象を外側から見ている。好きな人は、対象に近づいている。
でも楽しむ人は、もう対象の中に入っている。
たとえば、音楽を知識として語る人がいる。
音楽が好きな人もいる。でも音楽を聴いている時に、自分の輪郭が溶けるような人がいる。
その人にとって音楽は趣味ではなく、世界とのつながり方になっている。
ここでいう楽しむは、軽い快楽とは違う。
ただ笑っていることでも、楽なことだけを選ぶことでもない。
本当の楽しさとは、苦しささえも、その道の一部として引き受けられる状態なのだと思う。
好きなことでも、面倒な日はある。上手くいかない日もある。比べて落ち込む日もある。
それでも、その奥になぜか戻ってきてしまう感覚がある。それが楽しめることなのだと思う。
楽しめることを継続する、というのは、自分を甘やかすことではない。むしろ、自分の生命力がどこに向かって流れているのかを見極めることに近いのだろう。
人は何でも続けられるわけではない。根性だけで続けるものには、いつか限界が来る。でも、自分の内側から湧いてくるものは、外から命令されなくても続いてしまう。
楽しめることを探すために色々な経験をするというのは、単なる行動力の話ではなく、自分という存在を実験することなのだと思う。
私は何に反応するのか。何をしている時に、時間を忘れるのか。どんな瞬間に、世界が少し明るく見えるのか。何に触れた時、自分の中の眠っていた部分が起きるのか。
色々な経験をするというのは、世界を広げることであり、同時に自分の輪郭を知ることでもある。人は、頭の中だけでは自分を知れない。
経験してみて初めて、 あ、私はこういうことが好きなんだ、これは憧れだったけれど、私の喜びではなかったんだ とわかる。
そう考えると、失敗も遠回りも無駄ではない。
続かなかったことも、自分を裏切ったことではない。それは、自分の魂がどこには住めないのかを教えてくれた経験なのだと思う。
多発好転という言葉があるなら、たくさん動くことで人生が好転するというより、たくさん触れることで、自分と世界の相性が見えてくるということかもしれない。
人生は、最初から正解の道を選ぶものではない。むしろ、触れて、違和感を覚えて、離れて、また惹かれて、その繰り返しの中で、少しずつ自分の場所に近づいていくものなのだと思う。
楽しむ人には敵わない。
結果が出る前から、すでにその時間の中で報われている。だから続く。深まる。遠くまで行ってしまう。
楽しさとは、人生がこちらに向かって小さく開く扉なのかもしれない。その扉を見つけた人は、無理に自分を押さなくても進んでいける。
そしてきっと、幸福とは大きな成功のことではなく、
自分が自然に続けてしまうものに出会い、その中で少しずつ自分になっていくことなのだと思う。
鳳条 暦
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