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04/20 17:10
海へ行く
なんて素敵な光景だ。ニヤニヤが止まらない。
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それは声に出すには少し軽く、胸の奥に置いておくには、やけにやわらかい言葉だった。
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少年は、ノートに向かっていた。分厚いメモの上を、ためらいながらペンが走る。
ときどき止まり、わずかに首をかしげ、また書く。
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その繰り返しが、あまりに静かで、あまりに整っていて、時間だけがそこに置き去りにされているようだった。
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「あなたの好きなところ 100」頁の上で、その言葉だけが少し浮いて見えた。
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百、という数の重さを、彼はどこまで引き受けているのだろう。
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指先ほどの文字で、誰かの輪郭をなぞるように、言葉が並んでいく。
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私は視線を逸らすべきだった。それが礼儀であり、距離であり、守るべきもののはずだった。
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けれど、目は留まり続けた。少年はふとスマートフォンを開いた。光が顔に反射して、表情が少しだけほどける。そこに映っているのは、過去の断片だろう。
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笑っている顔。風に揺れる髪。どこかの。
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彼はそれらを確かめるように見つめ、やがてまた、メモに戻る。
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言葉は、思い出を追い越さない。ただ、その隣にそっと置かれていく。
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メモのページにはひとつ「海へ行く」の言葉。
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それは回想ではなく、まだ訪れていない時間の名残だった。
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書かれているのは、好きなところではない。
けれど、そこに書かれずにはいられなかったもの。
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未来は、こうして紛れ込むのだろうか。過去と同じ顔をして。
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私はようやく、自分が何を見ているのかを知った。これは記録ではない。数え上げでもない。
ましてや、証明でもない。ただ、続いていくことへの、ほとんど祈りに近い、手つきだった。
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覗いてしまった、と思った。
ひとの内側は、もっと暗く、もっと濁っているものだと、どこかで決めつけていた。
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それなのに、そこにあったのは、あまりにも無防備な光だった。
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代償、という言葉が浮かぶ。けれど、何を差し出せば釣り合うのか、わからない。
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忘れることはできない。かといって、触れることもできない。
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だからせめて、そのままにしておこうと思う。
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あの頁の上にあったものを、私の中で、書き換えないように。
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百に届くかどうかも知らない言葉たちと、
ひとつだけ先に置かれていた未来を。
鳳条 暦

































