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08/19 09:45
ち い か わ1
ち い か わ
なんかちいさくてかわいいやつ
愛くるしくてこんなにも可愛らしいだけにも思えるのに、多くの大人を巻き込んで映画は大ヒット。まだ上映しております?
『ちいかわ』の映画を観ながら、どこかで聞いた話を思い出した。
戦時中、人の肉を食べて生き残った人がいたのだと
「味は酸っぱかったらしい。でもそれは誰にも言ってはいけないことだったんだ」
私はおそらくその話の意味をよく理解していなかった。ただ人の肉を食べたという恐ろしさと、「誰にも言ってはいけない」という言葉だけが、妙に生々しく記憶に残った。
なぜ、『ちいかわ』の映画を観て、その話を思い出したのだろう。
ちいかわたちは、見た目だけなら小さくてかわいい存在たちが暮らす優しい物語に見える。ちいかわたちは食べ物を喜び、友達と笑い、ささやかな幸せを大切にしている。
けれど、その世界にはいつも、かわいさだけでは覆いきれない残酷さがある。
食べること、生きること、奪うこと。
誰かの願いが、別の誰かの犠牲の上に成り立っていること。
映画の中でも、その不穏さは、かわいらしい絵柄や明るい場面のすぐ隣に置かれていた。
だからこそ私は怖かった。
初めから暗く残酷な物語であれば、見る側も身構えることができる。しかし、『ちいかわ』の登場人物たちは、私たちが守りたくなるほど無垢で、素直で、弱い。
その存在たちが、命や犠牲に関わる問題に巻き込まれることで、「これは空想の中だけの話ではない」と感じてしまう。
生きるということは、ただ美しいだけではない。
どれほど優しい者でも、生きるためには何かを食べ、何かに守られ、時には誰かの犠牲によって助けられている。
映画を観ている間、私は、登場人物たちに幸せでいてほしいと思っていた。
誰も傷つかず、誰も失われず、いつものように食べ物を囲んで笑ってほしい。
けれど、その「幸せでいてほしい」という願いさえ、場合によっては別の存在の犠牲を見えなくする。
自分の好きな者だけが助かればよいのか。
その幸せのために、名前も知らない誰かが傷ついていたとしても、私たちは目をそらしてしまうのではないか。
『ちいかわ』の怖さは、悪者と善人を簡単に分けないところにある。
何かを求める者にも事情があり、生きたいと願う者にも理由がある。
しかし、その切実な願いが、別の命を奪うことにつながる。
「生きたい」という気持ちは本来、責められるものではない。それでも、自分が生きるためなら、他者を犠牲にしてよいのかという問いは残る。
鳳条 暦
後編へ続く
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