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09/02 09:30
継続ではないのかもしれない
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何かを続けられる人は自分以外は意志の強い人なのだと思っている。
毎日決まった時間に起きて、運動をして、本を読んで、勉強をして。決めたことを淡々と積み重ねられる人。
私がそうだし、そういう人だけが何かを長く続けられるのだと思っていた。
けれど自分の人生を振り返ってみると、長く続いているものほど、案外きれいには続いていない。
夢中になっていた時期があって、忙しくなってしばらく触れなくなって、それでもある日、何事もなかったようにまた始めている。
そう考えると、続ける という言葉を私は少し勘違いしていたのかもしれない。
継続とは、一度も立ち止まらないことではない。立ち止まったあと、また戻ってこられることなのだと思う。
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多くの人は何かを始めるとすぐに 続けなければ! と思う。
そして一日できなくなる。気づけば一週間が経っている。
できなかった一週間よりも、また続かなかった という事実のほうが重くなってしまう。
本当は一週間休んだだけなのに、そこで自分の中に失敗 という名前をつけてしまう。
そして不思議なことに、人は一度失敗した と思ったものには戻りづらくなる。
また始める という大袈裟な決意が必要になってしまう。
だから、もしかすると継続を難しくしているのは、休んでしまうことではない。
休んだ自分を許せないことなのかもしれない。
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そもそも、モチベーションというものは、あまり信用できるものではない。
昨日はあんなに頑張ろうと思っていたのに、今日は何もしたくない。
誰かに褒められただけで何時間でも頑張れたり、些細なことで傷ついただけで、全部どうでもよくなったりする。
そんな不安定なものに、自分の人生を任せて、
「これから毎日、私をやる気にさせてください」とお願いするほうが、少し無理がある。
続けられる人というのは、ずっとモチベーションが高い人ではないのだと思う。
むしろ、モチベーションがなくなる日が来ることを、最初から知っている人なのだと思う。
一度全部放り出してしまう自分もいる。
それを 想定外の自分 にしない。
今日の私は頑張れる。
でも、来月の私は頑張れないかもしれない。
そのときに、「こんなはずじゃなかった」と責めるのではなく、「まあ、そういう時期もある」と言える余白を残しておく。
自分という人間を長い目で扱うということ。
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だから私は、何かを続けるためには、頑張れる環境より、戻ってこられる環境を残しておくことのほうが大切。
それは単なる物の話ではない。未来の自分のために、入口を残しておくということだ。
いつかまた、「ちょっとやろうかな」と思った自分が、何の決意もなく帰ってこられるように。
「再挑戦」にしてしまうから重たくなる。
本当はただ、久しぶりに帰ってきただけなのだ。
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そしてここまで考えていると、継続というのは習慣の問題だけではないような気がしてくる。
もっと根っこのところでは、
自分と自分との関係の話なのではないか。
自分を信用していないと、人は自分を厳しく管理したくなる。
今日やらなかったら、明日もやらないかもしれない。一度休んだら、このまま全部投げ出してしまうかもしれない。
だから自分に約束させる。
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自分を信頼できている人は、
今日はできなくてもいい。今は離れてもいい。
だって私は、本当に必要なものなら、また戻ってくるから。そう思える。だから休める。
だから離れられる。
そして皮肉なことに、離れることを許されたものほど、長く続いたりする。
自分との関係も、きっと同じなのだと思う。
四六時中自分を監視して問い詰め続けるより、少しくらい好きにさせて、
それでも帰ってくる自分を待っていられるほうがいい。
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人生もきっと、そういうものなのだと思う。
いつでも前向きでいられるわけではない。
自分自身を好きでいられない時期だってある。
それでも、そのたびに人生そのものを 失敗 にしなくていい。
人生の中には、途中で置いてきたものがたくさんある。
それらすべてを続かなかったもの と呼ばなくてもいいのかもしれない。
もしかすると、まだ続きを始めていないだけなのかもしれない。
長く続くということは、一度も途切れない一本の線を引くことではなく、
途切れ途切れになりながらも、何度も同じ場所を選び直していくこと。
そして最後に振り返ったとき、たくさんの空白まで含めて一本の線に見えたものを、私たちはきっと、
「続けてきた」と呼ぶのだろう。
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鳳条 暦
<< 2026年9月

































