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09/13 19:30
愛3
ただしここにも危うさがある。
不安定な場所から離れたいとき、人は安定を愛と見誤ることがある。
疲れているときの安堵はとても魅力的に見える。
だからどこかへ逃げたい気持ちと、どこかへ行きたい気持ちは分けて考えなければならない。
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ある場所が苦しいからといって、別の場所が正しいわけではない。
違和感のある関係が間違いだからといって、穏やかな関係が答えになるわけでもない。
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そこにあるのは人と人の選択というより、どのような時間の中で自分は生きたいのかという問題なのだと思う。
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恋のために、小さな違和感を何度も飲み込む人生。安心のために大きな感情を手放す人生。
あるいは、そのどちらでもない第三の形。
安定と成長は本来は反対語ではない。
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穏やかな場所でも、人は変わる。
激しい場所にいても、何ひとつ育たないことがある。
だから、成長させてくれる人を選べばいいとも思わない。
成長という言葉はときどき苦しさを正当化する。傷ついたことを、必要な経験だったと言い換える。我慢したこと成熟だったと呼び変える。けれど苦しいことすべてに意味があるわけではない。人を成長させるのは必ずしも痛みではない。安心の中で初めて伸びるものもある。
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だから私はどちらが正しいのかではなく、どちらの場所にいるとき自分の人生が自分のものとして残るのかを考えたい。
今を選ぶか。未来を選ぶか。
その問いさえ少し違うのかもしれない。
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今を壊し続けなければ成立しない未来なら、それは本当に未来なのだろうか。
未来を想像できないほど違和感のある現在を、
今を大切にしていると呼べるのだろうか。
反対に、未来が安全そうだという理由だけで、
心が向いていない場所を選ぶことは生きることになるのだろうか。
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結局、人を選ぶのではなく、その人の隣にいる自分を選ぶのだと思う。
どちらが優れているかではない。どちらが正しいかでもない。
そこで何を我慢し、何を失い、何を育て、
どんな自分になっていくのか。
その総体がたぶん選択と呼ばれる。
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愛は感情だけではない。けれど理屈だけでもない。愛とは理屈を超えることなのではなく、理屈を通り抜けても、なお残ってしまうものなのかもしれない。
条件を並べても。未来を考えても。
違和感を数えても。不安を取り除いても。
それでもなお、その人であることに意味が残る。
そこまでいって初めて、私は愛という言葉を使えるのかもしれない。
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だから、急いで答えを出すつもりはない。
迷っていること自体が、まだ見るべきものがあるということでもある。
ただ、ひとつだけ決めている。
違和感を、恋の代償として処理し続けないこと。安定を、愛の証明として利用しないこと。
そして苦しさを成長と呼んで誤魔化さないこと。
人を選ぶより先に、自分がどんな生き方を選ぼうとしているのかをもう少し見ていたい。
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愛とはたぶん、誰かを選ぶことより先にどのような自分でその人のそばに存在したいのかを選ぶこと。
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鳳条 暦
<< 2026年9月

































