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09/05 09:45
貴方と見る前編
20世紀、ライカのような小型カメラの普及によって、人はそれまで以上に手軽に「一瞬」を切り取れるようになった。
ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』の中で、複製技術が発達することで、芸術作品が持っていた固有の「アウラ」が失われていくと論じた。
ここでいうアウラとは、単なる希少価値ではない。
「その場所に、その時、その作品そのものが存在している」という、一回性や歴史性を含んだ特別な存在感である。
かつて芸術は、宗教儀式や祭祀などと結びついた「礼拝価値」を強く持っていた。
しかし写真や映画など、作品を大量に複製し、多くの人へ届けられる技術が生まれたことで、芸術は次第に「どれだけ多くの人に見られるか」という「展示価値」を持つようになった。
そして現代を見ると、この変化はさらに先へ進んでいるように思う。
Web2.0によって、誰もが自分の写真や文章、生活、思想を発信できるようになった。
すると展示される対象は芸術作品だけではなく、「自分自身」にまで広がった。
SNSのフォロワー数、再生数、「いいね」の数。
私たちは知らないうちに、自分という存在の展示価値を競う時代を生きるようになったのかもしれない。
しかしAIが急速に発達した今、その展示価値さえも大きく変わろうとしている。
美しい写真も、上手な文章も、音楽も、映像も、ある程度まではAIによって大量に生み出せるようになった。
つまり、「上手につくること」や「具体的な成果物をつくること」そのものの希少性は、これからますます低下していく可能性がある。
さらに情報やコンテンツが一人ひとりに最適化されていけば、私たちは同じテレビ番組を見たり、同じ雑誌を読んだり、同じ流行を共有したりする社会から、それぞれが自分専用の情報世界を生きる社会へ移っていく。
「大衆の時代」から「個の時代」へ。
そしてその先には、「究極の個別最適化の時代」があるのかもしれない。
そこで興味深いのは、AIによって具体的なものが簡単につくれるようになるほど、人間には逆に「抽象的に考える力」が求められるようになることである。
具体的な答えはAIが出してくれる。
文章も書ける。
画像もつくれる。
情報も整理できる。
だからこそ重要になるのは、
「そもそも、なぜそれをするのか」
「この出来事の背景には何があるのか」
「一見別々に見えるものには、どんな共通構造があるのか」
と問い続ける力なのだと思う。
つまり、概念、本質、構造、関係性を捉える抽象的思考である。
さらに言えば、人間を理解するときにも、目の前に現れている行動 だけを見るのでは不十分になっていく。
その人が何を経験してきたのか。
どのような人間関係の中で生きてきたのか。
何を恐れ、何を大切にしているのか。
同じ言葉であっても、その人の過去や価値観によって意味は変わる。
だからこれから重要になるのは、情報そのものよりも、その情報の背後にある「コンテキスト」を読む力なのではないだろうか。
鳳条 暦
<< 2026年9月

































