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09/07 17:45
儚い世界で優しく笑って2
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では傷つかないためには、何も愛さないほうがいいのだろうか。
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誰にも期待しない。何にも依存しない。
人を好きになりすぎない。失って困るほど大切なものを作らない。
そうすれば、確かに失う苦しみは少なくなるのかもしれない。
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けれどそれは苦しみを乗り越えたというより、幸福まで一緒に遠ざけてしまっただけではないだろうか。
誰かを深く愛したから、別れが苦しい。
何かに夢中になったから、終わることが寂しい。幸せな時間だったから、過去になることが悲しい。
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喪失の痛みはときにそれほど大切なものが私の人生に存在した という証でもある。
悲しみを完全になくそうとすれば、愛まで薄くなってしまう。だから目指すべきなのは何も失わない人生でも、何にも執着しない人間でもない。
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もっと難しいところに答えがある。深く愛することと、いつか手放すこと。その二つを、同じ心の中に持つことなのだと思う。
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手放す という言葉は、どこか冷たく聞こえる。諦める。捨てる。忘れる。もう必要としない。そんな意味のように感じてしまう。
けれど本当の意味で手放すことは、もう大切ではありません と言うことではない。
むしろ、大切だけれど、永遠に私のものである必要はない と認めることなのではないだろうか。
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それは簡単なことではない。人生は私たちの願いとは関係なく進んでいく。
昨日まで絶対に必要だと思っていたものが、ある日それほど重要ではなくなることさえある。
私たちは人生の中で何かになり、何かを手に入れ、そしてそれを少しずつ卒業していく。
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考えてみれば子どもの頃からそうだった。
お気に入りのおもちゃがあった。毎日一緒にいた友達がいた。大好きだった先生がいた。
けれど今、そのすべてを毎日思い出しているわけではない。それでもなくなったわけではない。あの頃に好きだったものは、今の自分のどこかに混ざっている。
愛した人から教えてもらった言葉。
仕事を通して身についた癖。昔読んだ本からもらった考え方。誰かに優しくされた記憶。
傷ついたことで知った痛み。それらは所有物 という形では残らない。
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けれど、自分という人間の一部に姿を変えて残っている。だから手元からなくなることと、人生から消えることは違う。残る ということを少し狭く考えすぎているのかもしれない。
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ずっと付き合っていれば、その恋は本物だった。別れたなら失敗だった。
続けていれば、その仕事には意味があった。
辞めたなら途中で投げ出した。
持ち続けていれば、大切にしていた。
手放したならもういらなくなった。
本当にそうだろうか。
十年間一緒にいた二人が別れたとして、その十年間まで消えてしまうのだろうか。
夢中になった仕事を辞めたとして、そこで身につけたものは無意味になるのだろうか。
大切だった物を手放したら、それを愛していた時間まで失われるのだろうか。
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そんなはずはない。
終わることと、無意味になることは違う。
鳳条 暦
<< 2026年9月

































