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09/08 09:15
儚い世界で優しく笑って3
花は散るから偽物なのではない。
夏が終わるから、夏が存在しなかったことになるわけでもない。旅行から帰ってくるから、旅が無意味になるわけでもない。
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小説には最後のページがある。映画にはエンドロールがある。音楽は最後の音で終わる。
それでも私たちは終わるものに心を動かされる。
むしろ終わりがあるからこそ、その途中を大切にできることさえある。
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もし何も終わらないのなら、私たちは今日をこれほど大切にできるだろうか。
またいつでも会える が永遠に保証されていたら、今日会うことにどれほどの意味を感じるだろう。
時間が無限にあるのなら、今度やろう は永遠に今度のままだろう。
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終わりは人生から意味を奪うものではない。
終わりがあるという事実が今この瞬間に輪郭を与えている。
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そう考えると、失いたくない という気持ちの中には、二つの感情が混ざっているのかもしれない。
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ひとつは、
「大切だから、もう少し一緒にいたい」
という愛。
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もうひとつは、
「これがなくなったあとの自分を想像できない」
という恐怖。
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この二つはとてもよく似ている。
だから私たちはときどき間違える。
恐怖から相手を引き止めているのに、愛だからだと思う。
不安から物を抱え込んでいるのに、大切だからだと思う。過去の自分を失いたくなくて続けているのに、まだ好きだからだと思う。
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そんなときは自分に尋ねてみてもいい。
答えはきっと、綺麗にどちらかではない。
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愛もある。恐怖もある。執着もある。寂しさもある。
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それでいい。
考えてみれば、私たちはこの身体さえ永久には持っていられない。
名前も、財産も、容姿も、肩書きも、人間関係も、いつかは手放していく。
「自分のもの」と呼んでいるものの多くは、返す日を知らされていない借り物のようなものなのかもしれない。
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けれどいつか返さなければならないからといって、借りている時間まで虚しくなるわけではない。
むしろ返す日が来るからこそ、借りているあいだに何をするのかがその人の人生になる。
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人生は所有するための旅ではないのだと思う。
何かを集め、最後まで守り切り、最も多く持っていた人が勝つゲームではない。
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人生とは、自分のものを増やしていく旅ではなく、自分のところを通り過ぎていくものをきちんと味わう旅なのかもしれない。
「これは私のもの」ではなく、
「今、私のところにいてくれているもの」
そう思えたとき、大切にしなくなるのではない。
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きっと逆だ。所有していると思えば、明日もあるような気がする。
けれど預かっていると思えば、今日触れられることが少し奇跡に思えてくる。
?<< 2026年9月

































