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鳳条 暦

鳳条 暦

(23)

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営業時間 11:00-24:00

  • 05/22 17:00

    つらつらつら

    人の少ない電車でガッツリ寝ました? 自分が降りる駅の名前が聞こえたので、荷物を持って勢いよく立ち上がり。 出口に向かったら、まだついていなくて。恥ずかしくなったので電車の隅にこそっと隠れました。 人の少ない電車大好物です?? 大好きなパフェが全部食べれなくて悲しい気持ちに? 何でもない日に早起きして、朝からフレンチトーストを作ったら。バターで胸焼け? 二度寝をすると大抵次に起きた時間は遅刻します? 男子高校生はテスト勉強でAIを使う。 ----- 第1部-魔法とは何か- 世界を読み現実に干渉する力 魔法とは何か。最初に魔法を不思議な力とだけ定義してしまうとそこで考察は止まってしまう。なぜなら現実には存在しないで終わってしまうから。 でも魔法をもっと広く捉えるならこう言えると思う。 魔法とは世界の仕組みを読み取り、その仕組みに働きかけることで現実を変える力である。 この定義にすると魔法は一気に現実へ近づく。 人間は世界そのものを直接動かすことはできない。念じただけで火は出ないし、祈っただけで雨は降らない。愛しただけで病は消えない。 けれど人間は世界の法則を観察し、それを記号化し、技術に変えることで現実に干渉してきた。 火の性質を知ったから火を扱えるようになった。星の動きを読んだから季節を予測できるようになった。身体の構造を理解したから、 治療ができるようになった。数式を作ったから、橋を架け飛行機を飛ばし宇宙へ向かえるようになった。 これはかなり魔法に近いのではないか? 昔の人間が現代を見たら現代人は間違いなく魔法使いに見えると思う。 小さな板に触れるだけで遠くの人の声が聞こえる。空を飛ぶ鉄の塊に人間が乗る。身体の中を切らずに見ることができる。死にかけた命を機械と薬で繋ぎ止める。存在しない映像を作り、声を再現し文章を生み出す。見えない電波で世界中の情報が届く。 現代人はそれを魔法とは呼ばない。なぜなら仕組みをある程度知っているから。 でもそれは裏を返せば魔法とはまだ説明されていない技術の名前でもあるということになる。 魔法は説明される前は神秘であり、説明された後は科学になる。けれど人間がそこに感じる驚きは実はあまり変わらない。 一体何部でまとまるかな? to be continue 鳳条 暦

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  • 05/22 09:15

    なーにやってもなー

    貴方に会いたかった。 理不尽な出来事に悩む貴方が1番に自分を思い出して会いにきてくれたのがこの上なく嬉しかったんです? 寝坊で始まった1日が貴方のおかげで良い日に変わりました?? 私との出会いが貴方にとってプラスになりますように。 モナカ美味しかったです? ほぼあんこの贅沢モナカ? 中身の詰まった人間に私もなりたいな ----- ??人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である。今、愛なら何をするだろうか。 自分を愛する旅=人生の大きなテーマ  今、愛なら何をするだろうか =その旅の途中で迷った時の問い こころの資本 =その問いを重ねて得ていく内側の財産 ? 人生とは、長い時間をかけて自分を愛する旅である。 それは自分を好きになることだけではない。 自分を甘やかすことでも傷つかない人間になることでもなく、 自分の中にある弱さ、醜さ、未熟さ、矛盾、情けなさを見つめてもなお、それでも自分を見捨てずに生きていくことなのだと思う。 私たちは簡単に自分を責める。あの時もっと上手くできたはずだと。あんな言い方をしなければよかったと。もっと強く、もっと優しく、もっと美しく、もっと賢くあれたはずだと。 けれど自分を責め続けることは反省に似ているようでいて、実は自分を愛することから遠ざかっている時もある。 本当に必要なのは完璧な自分になることではなく、不完全な自分を連れてそれでも歩き続けることなのかもしれない。 そのために、私はときどき自分に問いかけたい。 今、愛なら何をするだろうか。 不安ならしがみつくかもしれない。 寂しさなら相手を試すかもしれない。 プライドなら何も言わずに背を向けるかもしれない。 でも愛なら何をするだろう。 愛なら少し待つかもしれない。静かに言葉を選ぶかもしれない。自分の本音をごまかさないかもしれない。自分を粗末に扱う場所から離れるかもしれない。 愛はただ優しいだけのものではないから 今、愛なら何をするだろうかという問いは綺麗事ではない。 それは、感情に飲まれた私をもう一度深い場所へ戻してくれる問いだ。 傷ついた反射で動こうとする私ではなく、 もっと奥にいる、静かで、あたたかい私に戻るための問い。 そうやってひとつひとつ選び直していく。 言葉を選び直す。自分への扱い方を選び直す。 その積み重ねがやがてこころの資本になる。 こころの資本とは目に見える財産ではない。 お金でも、肩書きでも、才能でも、誰かからの評価でもない。 それは、人生の途中で自分を支えてくれる内側の蓄えだ。 傷ついてももう一度立ち上がれた記憶。 自分を嫌いになりそうな夜をどうにか越えた経験。誰かに大切にされた温度。 泣きながらでも明日を迎えた時間。 そういうものが少しずつ積み重なって、私は何度もここまで来た という静かな力になる。 人生はいつもわかりやすい幸せだけをくれるわけではなく、迷い、喪失、後悔、期待外れの中で私たちは何度も自分との関係を試される。 そのたびに自分を傷つける方へ行くのか。 それとも自分を愛する方へ少しだけ戻るのか。 その小さな選択の連続が人生なのだと思う。 人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である。そしてその旅の途中で何度も立ち止まり問いかける。 帰る場所を自分の内側に少しずつ育てていくこと。それこそがこころの資本なのだと思う。 映画 廃用身を見てから本当に人生って何なんだろうと考えるようになりました? 鳳条 暦

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