フォーナイン

鳳条 暦

鳳条 暦

(23)

T164 B83(E) W55 H82

 

11:00 ~ 15:00

  • ソープ求人
  • 男子求人

オゴトガイド見たとお電話ください!

電話 050-5448-9022

営業時間 11:00-24:00

  • 05/24 17:30

    純情まっさかり

    いっぱい迷惑かけました? でも貴方の行動力と決断力。男らしさに助けられました。 貴方はとてもかっこいいと何度か出会う中で私は初めてそう思わされました。 私は少しだけ貴方にリードしてほしいと思ったのです? 変わりゆく私を許容してほしい。 どうかこれからも楽しい時間が過ごせますように ----- 豆大福食べました? 甘いあんことちょっと塩っけがあるのがいい/// この夏は元気に過ごせますように ----- エアコンの冷気に私の鼻の繊毛は刺激を受けて、くしゃみが止まりません? 外を吹く風は色々なものを孕んでいる気がするのですが、何故か心地よい。 ほんのりリラックスさせられたりもします/// ??外を吹く風に心地よさを感じるのはなぜ? 普段、世界を主体として扱おうとしている。 計画して、選んで、コントロールして。その姿勢が基本モードになっている。 でも風はそのモードを一瞬無効にする。 頼んでいないのに来て、止めようとしても止められない。それなのに傷つかない。むしろ気持ちいい。 これは小さな降伏の体験とも言える。 降伏が怖くない、という希少な瞬間。 人は普通コントロールを手放すことを恐れる。予測できないものは脅威だから。 でも風だけは??少なくとも穏やかな風は??脅威でない不確かさとして存在する。 コントロールしなくていい、抵抗しなくていいという体験がこんなにも安らかなんだと気づかせてくれる。 それは逆説的に、普段いかに何かに抵抗し続けているかを映し出す鏡でもある。 老子の 谷の精神 老子は谷を好んだ。谷は低く、空で、何でも受け入れる。風も水も、来るものを拒まない。 そして谷は、受け入れるからこそ満たされる。 風に心地よさを感じる瞬間私たちは少しだけ谷になっている。 意志を持ちながら手放す。 ----- 皮膚は自分と世界を分ける線として機能している。この内側が私、外側が世界。その区別が 私たちの存在感の土台になっている。 でも風が吹くとき、その線が一瞬あいまいになる。風は外にあるのに私の内側の感覚として現れる。どこまでが私で、どこからが風なのか、厳密には言えない。 西田幾多郎 純粋経験 日本の哲学者・西田幾多郎は、主語と述語が分かれる前の経験そのものの状態を純粋経験と呼んだ。 私が風を感じているではなく感じているという出来事だけがある。 主体と客体に分かれる前の一瞬。風の心地よさの中には、その純粋な状態が宿っている。 受け取ることと諦めることは、どう違うのか。 風に身を任せるのは、受動的な敗北ではない。でもどこが違うのか。 「私」はどこで終わり、世界はどこから始まるのか。 風はその問いに言葉ではなく身体で答えてくれる。境界は思ったよりずっと曖昧だと。 鳳条 暦

    続きを読む

  • 05/24 09:30

    空に抱かれる月になりたい

    1人社長の貴方様。まだどこか硬い印象を持ちました? 足を組み、椅子に腰掛けて時計を気にする姿は普段からの習慣を思い立たせます。 貴方といつか時間も忘れるくらい甘美なひとときを過ごしたいと思うのです。 ブランディングが素晴らしい?黒く、細身のシルエットが媚びない色気を醸し出す。 どこか上品で美しいのに、従順なだけではない荒々しさ。 影まで魅力的に魅せる ----- 悩んだとき、考え事をしているとき。 空や海をぼーっと眺めた経験はありますでしょうか? 私は結構良くあります? 何故と聞かれると難しいのですが…空や海が好きだからかな? でも海はサメに食べられそうでちょっと怖い? ??空や海に引き込まれそうになるのはなぜ? 空や海に引き込まれそうになるのはそれが広すぎる他者だからだと考えます。 人間の目は普段はある程度外側の輪郭のあるものを見ている。 人の顔、建物、文字、スマホの画面、予定、名前のあるもの。 それらは全部こちらが理解できる大きさに切り取られている。 でも空や海は見えているのに終わりがない。 そこにあるのにこちらの理解の枠に収まらないから、人は空や海を見ると少しだけ自分との境目を失う。 私という小さな境界が青の広がりの中でほどけていく。考えていたこと、悩んでいたことが一瞬遠くあたかも物凄く小さく感じる。 引き込まれそうになる感覚は危険を少し感じつつ、自分が自分だけではなくなる予感なのかもしれない。 海を見ていると波はずっと動いていて、同じ形をしているようで一度も同じではない。 感情に似ている。悲しみも、愛しさも、不安も、執着も。止まっているようで本当はずっと揺れている。 だから海を見ると自分の中の言葉になる前の感情が反応する。 ああ。私の内側にもこれがある と思う。 理由は説明できないけれど自分の奥にあるものと海の動きは似ている。 空はもっと静かで海のように音を立てない。 ただどこまでもある。雲が流れ光が変わり、夕方には色を変える。 空は何も教えてくれないのに、時間の流れそのものを見せてくる。 夜の空には人間がいなくても続いていく世界がある。 だから空を見ると、自分の人生自体が少しだけ遠くの景色になる。 今日うまくできなかったことも言えなかった言葉も、空の下では全部小さくなる。 それは救いだ。 私の痛みは私にとっては世界の全部みたいに大きい。けれど空や海の前に立つと世界は私の痛みよりずっと大きいのだと知らされる。 少し安心する。 私が抱えきれないものを世界のほうは抱えられるのかもしれない と思えるから。 空や海に引き込まれるのは、溶けて、ほどけてしまいたい からかもしれない。 名前や役割や考えすぎる頭から一度離れて、ただ大きなものの一部になりたい。 広く生ぬるい世界に抱きしめられたい。 人は時々自分でいることに疲れる。でも誰かに預けるには重すぎる感情がある。言葉にすると壊れてしまう感覚がある。 そのとき空や海は何も聞いてこない。答えも求めない。正しさも押しつけない。 ただ大きく存在している。 その前でなら何者でもなくてもいい気がする。 だから時々空や海のようなものに触れて、自分より大きなものの中に戻りたくなる。 ただ何も求めず奪わず、そっと抱きしめて欲しい。 きっと帰巣本能に近い。 鳳条 暦 ?

    続きを読む

1~2件 / 2

  • 1
福原ガイド