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鳳条 暦

鳳条 暦

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純情まっさかり

05/24 17:30

純情まっさかり

いっぱい迷惑かけました?

でも貴方の行動力と決断力。男らしさに助けられました。

貴方はとてもかっこいいと何度か出会う中で私は初めてそう思わされました。

私は少しだけ貴方にリードしてほしいと思ったのです?
変わりゆく私を許容してほしい。
どうかこれからも楽しい時間が過ごせますように
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豆大福食べました? 甘いあんことちょっと塩っけがあるのがいい///
この夏は元気に過ごせますように
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エアコンの冷気に私の鼻の繊毛は刺激を受けて、くしゃみが止まりません?

外を吹く風は色々なものを孕んでいる気がするのですが、何故か心地よい。

ほんのりリラックスさせられたりもします///
??外を吹く風に心地よさを感じるのはなぜ?
普段、世界を主体として扱おうとしている。
計画して、選んで、コントロールして。その姿勢が基本モードになっている。
でも風はそのモードを一瞬無効にする。
頼んでいないのに来て、止めようとしても止められない。それなのに傷つかない。むしろ気持ちいい。

これは小さな降伏の体験とも言える。
降伏が怖くない、という希少な瞬間。

人は普通コントロールを手放すことを恐れる。予測できないものは脅威だから。
でも風だけは??少なくとも穏やかな風は??脅威でない不確かさとして存在する。
コントロールしなくていい、抵抗しなくていいという体験がこんなにも安らかなんだと気づかせてくれる。

それは逆説的に、普段いかに何かに抵抗し続けているかを映し出す鏡でもある。
老子の 谷の精神

老子は谷を好んだ。谷は低く、空で、何でも受け入れる。風も水も、来るものを拒まない。
そして谷は、受け入れるからこそ満たされる。
風に心地よさを感じる瞬間私たちは少しだけ谷になっている。

意志を持ちながら手放す。
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皮膚は自分と世界を分ける線として機能している。この内側が私、外側が世界。その区別が
私たちの存在感の土台になっている。
でも風が吹くとき、その線が一瞬あいまいになる。風は外にあるのに私の内側の感覚として現れる。どこまでが私で、どこからが風なのか、厳密には言えない。

西田幾多郎 純粋経験
日本の哲学者・西田幾多郎は、主語と述語が分かれる前の経験そのものの状態を純粋経験と呼んだ。
私が風を感じているではなく感じているという出来事だけがある。
主体と客体に分かれる前の一瞬。風の心地よさの中には、その純粋な状態が宿っている。

受け取ることと諦めることは、どう違うのか。

風に身を任せるのは、受動的な敗北ではない。でもどこが違うのか。

「私」はどこで終わり、世界はどこから始まるのか。

風はその問いに言葉ではなく身体で答えてくれる。境界は思ったよりずっと曖昧だと。

鳳条 暦


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