
オゴトガイド見たとお電話ください!
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05/09 17:30
特別な時間を共有できました。 心の底から甘えることができるのはきっと貴方が紡いでくれた誠実な時間のおかげです。 また貴方との楽しみが増えました。 いつか桜の木の下を? 暖かい夏の太陽の下を??秋は、冬はどうしましょうか…? 甘ーいガレット?クッキーの中でもバターリッチな焼き菓子さま? パンにもバター結構塗りたくるタイプでした? 最近はどこでも勉強できる工夫をしています。故に糖分を欲するのです? ----- 個人的には難しい話。人生における課題でしょうか? ??学習能力 変化と関係性の変化 学習する人は変化してしまう。そして変化しない人との間に少しずつ見えない段差が生まれてしまう。これは単なる価値観の違いではなく、もっと静かでもっと深いところにある世界の読み方の違い。 学ぶ人は同じ出来事を同じまま見られなくなる。昔なら笑って流せた言葉に違和感を覚える。昔なら我慢できた関係に息苦しさを感じる。昔なら仕方ないと思っていたことに、本当にそうだろうかと問いが生まれる。 学習とは知識が増えることだけではなく、違和感の精度が上がることでもある。 だから学ぶ人は少しずつ変わる。物事の見え方が変わる。言葉の選び方が変わる。沈黙の意味さえ変わっていく。 一方で学ばない人、変わらない人は同じ場所に留まり続ける。もちろんそれが必ず悪いわけではない。変わらないことには安定がある。昔から変わらない優しさや安心感もある。 問題は変わらないことを正しさだと思い始めた時に起きる。 学んできた人、学び続けている人はどこかで孤独になる。その人にとって変化は裏切りではなく生きてきた証。 何度も自分を疑って、その結果として今の自分がいる。変わらない相手から見ると、その変化は面倒くさくなったというふうに見えてしまう。 関係性の難しさがある。学んだ人は相手を見下したいわけではない。自分の中で見えてしまったものをもう見えなかったことにはできない。 学習能力とは、変化に耐えながら自分と世界との関係を組み替えていく力。 つまり学ぶ人は世界との関係を更新している。 自分自身との関係も他者との関係も少しずつ組み替えている。 相手がその更新にまったく参加しない場合、関係はだんだんズレていく。片方は言葉の意味を深く考えるようになる。もう片方は今まで通りの言葉で済ませようとする。 片方は関係をより良くするために変わろうとする。もう片方は変わらずに相手だけを元に戻そうとする。この時関係は壊れるというより、噛み合わなくなる。 一緒にいるのに、同じ場所にいない感じがする。心の速度が違ってしまった状態なのかもしれません? 人にはそれぞれ変化の速度がある。変わらない人をすぐに責めることはできない。 ただしひとつだけ大切なのは変わろうとしない人と変われない途中にいる人は違うということ 変わろうとしない人は問いを拒む。相手の変化を理解しようとする前に相手を責める。自分が止まっていることを守るために相手の成長を否定する。 関係が続くかどうかは相手の変化を脅威ではなく、対話の入口にできるかで決まるのだと思います。 本当の関係とは昔のあなたを知っていることではなく、今のあなたを知ろうとし続けることなのかもしれません。 でも現実には、そう感じた時距離を置くことは冷たさではなく、学んだ自分を守るための自然な選択。 誰かの停滞に合わせて自分まで止まってしまってはいけない。ここを間違えるれば、人は優しさの名を借りて自分を裏切ってしまう。 優しさではなく自己放棄に近い。 学び続ける人に必要なのは変わらない人を裁くことではなく自分の変化をなかったことにしない勇気。 あなたは変わった。考えたから、傷ついたから、自分を守りたいと思ったから、もっと誠実に生きたいと思ったから変わった。 その変化を誰かに理解されないからといって間違いにしなくていい。 学ぶ人にはもうひとつ危うさもある。それは変わらない人を下に見てしまうこと。学んだ人はつい思ってしまう。なぜそんな言葉を平気で使えるのか。その苛立ちは自然。しかし相手を見下すと学びは知性ではなく、優越感になってしまう。 学びは他人を裁くための武器ではない。自分と世界の関係をより丁寧に扱うための灯りです。 学び続ける人はこう問う必要がある。この人とどう関わるかを選び直したいのか。 他人を変えることはできない。自分の距離は選べる。自分の言葉は選べる。自分がどこまで関わるかは選べる。 関係性とは相手を変えることではなく変わらない相手の前で自分がどう立つかでもある。 関係がうまくいかなくなることは昔の言葉では今の感情を説明できなくなるようなこと。 人間関係にもサイズがある。昔のままの関係に自分を押し込めなくていい。 成長した人間が抱える孤独とは前の自分ならここにいられたのに、今の自分ではもういられない という感覚なのだと思います。 学ぶ人は変わる。変わる人は関係を変える。関係が変わるとまた孤独になる。その孤独の中でまた学ぶ。 どの関係を深め、どの関係に距離を置き、どの関係を静かに手放すかを見極める力。 学ぶということは、選べるようになること。 選べるようになるということは、以前のようには戻れないということ。 だから、学びは自由であると同時に孤独でもある。 学習能力とはこの問いから逃げない力です。 そして関係性とはその問いに対する答えが相手と重なったり離れたりする場所なのだと思います。 孤独は新しい場所へ移動している途中の静けさです。 鳳条 暦
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05/09 16:50
空いている枠がありますので、お知らせです? 11(月) 13:15- まだ空いている枠がありますので、お時間が合えばお会いしたいです? このように空いている枠が出たとしても、毎日いることで色々な出会いに恵まれています?? いつもありがとね。 急に温かくなったと思ったら寒くなったりして、私は大いに振り回されています? 体調には皆さんも気をつけてください。 楽しむためには訓練が必要だ 音色を聴き分けられれば、音楽を楽しめる。 絵の歴史に詳しければ、美術を楽しめる。 文脈を読み解ければ、読書を楽しめる。 退屈なのは自分に合わないからじゃない。 楽しむための訓練をしていなかっただけだ。 私と一緒にいる時間を楽しむためにも仲良くしてもらえたら嬉しいし、私も貴方さまと楽しみたいから、貴方さまのことがもっと知りたいのです?? 鳳条 暦 ?
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05/09 09:30
貴方とかなり沢山のことができました。 貴重な時間を本当にありがとう?? 貴方に会って日々のことを話す時間がとても楽しい。はしゃぐ私も受け止めてください? 何かの節目や気分のいい時笑 今日のことを思い出したら、またゆっくり会いに来て欲しいです?? チョコはもはや私の血液?私から甘ーい香りがする時はきっとチョコレートの食べ過ぎなのかな?? ----- ??人間は未来の大きさに圧倒される生き物である という話 やることが多すぎて動けない時私たちは怠けているのではない。むしろ見えすぎている。 あれもやらなきゃ。これも終わっていない。あの人に返事をして、資料を作って、勉強して、片付けて、将来のことも考えて、自分の機嫌も取らなきゃいけない。 頭の中にまだ起きていない未来が一斉に押し寄せてくる。 だから身体が止まる。人間は今を生きる身体を持っているのに頭だけが未来を何十個も同時に抱えようとする。 そのズレが、苦しさになる。 ? 動けない時に必要なのは気合いでも根性でもない。 未来を小さくすること。 例 資料作成と書くと脳はその奥にあるすべてを見てしまう。たった四文字の資料作成の中にこんなにも多くの不安や仕事が詰まっている。 重い… でもファイルを開く ならどうだろう。 そこにはまだ評価も失敗もない。完成も未完成もない。ただ開くだけ。 人間は小さな動作には従える。 ? 人生を意味ではなく動作に戻す行為なのだと思う。 私たちはすぐに行動に意味を背負わせすぎる。 でも、意味を考えすぎると手が止まる。意味は大切だけれど意味だけでは人は前に進めない。 時にはなぜやるか よりも先に、どこを触るか を決める方がいい。 それは小さすぎて人生を変える行為には見えない。 でも、本当は違う。 人生はいつも小さな着手から動き始める。 ? 動けない人に必要なのはもっと頑張れ という言葉ではない。もっと小さくしていいという許可だと思う。 ただ最初の一手だけでいい。行動をここまで小さくすると自分を責める余地が減る。そして不思議なことに人は一度動き出すと少しだけ次の動きが見えてくる。 最初から道が見えているから歩けるのではない。一歩進むから、次の床が見える。 ? 人生全体と戦わなくていい。 未来を背負いすぎた時は未来を一度手のひらサイズにまで小さくする。大きなものに圧倒された人間が、もう一度自分の身体の範囲から世界を始め直すためのとても静かな抵抗なのだと思う。 動けない時ほど自分を精神論に閉じ込めない方がいい。 しかし世の中は足を踏み外しても落ちるような場所ではないのだ。 鳳条 暦
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