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09/23 17:30
正しい分岐点なんて、たぶん存在しない 運命は変えられるけれど、運命から逃げることはできない 人生にはいくつもの線路があって、私たちはそのどれかの上を走っている。 何もしなければ、今いる線路をそのまま進んでいく。けれどときどき分岐点が現れる。 仕事を変える。住む場所を変える。誰かと出会う。誰かから離れる。続ける。やめる。 そこでだけ、私たちは少しだけ運命に手を触れることができる。 この考え方は、妙に腑に落ちた。 人生は全部決まっている、と言われると窮屈だし、人生は全部自分次第だと言われてもそれはそれで少し乱暴に感じる。 出会う人も、全部を自分で選べるわけではない。 それでも何ひとつ選べないわけでもない。 私たちはたぶん、完全な自由と完全な不自由の間くらいにいる。 ただ、この分岐点という考え方を眺めているうちに、ひとつ思ったことがある。 私たちは分岐点に立つとすぐに、どちらが正解なのだろうと考えてしまう。 離れるべきか。もう好きではないのか。 Aへ行けば…Bへ行けば…。 そんなふうに、未来のどこかに答えが置かれているような気がしてしまう。 でも本当は、選択の瞬間に未来なんて見えていない。 その途中で何が起こるのかも知らない。 つまり私たちは、答えを知ったうえで道を選んでいるのではなく、答えのない場所で道を選んでいる。 それなのに後になって、あのときこちらを選んだからこうなった。と人生を一本の因果関係にしてしまう。 でも本当にそうだろうか。 同じ道を選んでも、出会う人が違えば結果は違ったかもしれない。 同じ出来事でも、当時の自分と今の自分では全く違う意味を与えるかもしれない。 人生は、選択だけでできているわけではない。 偶然、他者、環境、自分の意思がものすごく複雑に絡まり合ってできている。 だから、正しい選択をすれば正しい人生になるという発想は、少しだけ自分を過大評価しているのかもしれない。 逆に言えば、人生がうまくいかなかったときその責任を全部自分の選択に背負わせる必要もない。 鳳条 暦
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