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09/24 20:30
実感主義3
選び直すことも、人生のうち
昔から、選んだ道を正解にできるくらい強くなりたいという考え方が好き。
どちらを選ぶのが正しいか永遠に考え続けるより、選んだあとにそこでちゃんと生きていける自分でいたいと思う。
でも最近は、この言葉にも少しだけ続きをつけたくなった。
選んだ道を正解にすることと選んだ道にしがみつくことは違う。
一度選んだからそうやって苦しい場所に留まり続けることまで、選択への責任と呼ばなくていい。
道を選んだ自分を肯定するためにその道を最後まで歩き切る必要はない。
その地点に新しい分岐点があるなら、またそこで選び直せばいい。選び直すことは過去の自分を否定することではない。
あのときの自分にはあの選択が必要で、今の自分には別の選択が必要になったというだけなのかもしれない。
線路そのものだけでなく、そこを走っている自分も変わり続けている。
昔は平気だったことが、今は苦しくなることがある。
昔は理解できなかったものが、今なら理解できることもある。
これは少し怖い。一度出した答えが永遠の答えにならないから。でも同時に救いでもある。今の苦しさが永遠に同じ意味を持つとは限らない。
今理解できないことを、いつか別の角度から理解する日が来るかもしれない。
人生には道の分岐だけではなく、意味の分岐もあるのだと思う。
起きた出来事そのものは変えられない。
でもその出来事を人生の中でどこに置くかは変わっていく。
失敗だったと思っていた出来事が、十年後には始まりだったと思えるかもしれない。
時間は戻らない。けれど過去の意味は、未来によって何度でも書き換えられる。
運命という言葉は、私はもう少し硬いものだと思っていた。抗えないものとして。
でも無数の線路と分岐点の集合体を運命と呼ぶなら少し印象が変わる。
全部決まっているわけでもない。
世界には自分ではどうにもできないものがたくさんある。それでも、ときどき現れる分岐点で小さく方向を変えることはできる。
人生に必要なのは一度も間違えないことではなく、間違えたあとにももう一度選べると思えることなの
どの道を選んでも、そこからまた人生が始まるという意味なのかもしれない。
そう考えるとその時々で、その時の自分が引き受けられる一本を選びながら、あとから少しずつそこに意味を与えて生きているのだと思う。
鳳条 暦

































