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09/29 09:15
嘘にしたくない1
好き を誰の許可で言うのだろう
好きに資格がいると思っていた
好きです と言うだけなのに、ときどき勇気がいる。
もっと詳しい人がいる。もっと長く続けている人がいる。もっと時間やお金をかけている人がいる。そんな人を見つけるたびに、自分の好き??は少し浅いもののように感じられる。
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でも考えてみれば不思議だ。
好きとは 本来、自分の内側に起きたことのはずだ。ふと目で追ってしまう。話を聞くと嬉しい。疲れた日に、そのことを思い出すと少し気持ちが動く。誰にも見せていない時間の中で、もう起きている。
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それなのに私たちは、好きだと言う前に証拠を探してしまう。どれほど知っているか。何ができるか。いつから好きだったか。
多分何かを好きになることと、それを好きな人 として人前に立つことは別の出来事なのだと思う。後者には誰かに見られ、比べられる怖さがある。
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例えば、好きな作品について話したとき、知らないことを指摘されるのが怖い。好きな仕事について語った後、思うようにできなかったら恥ずかしい。好きな人のことを大切に話したのに、その関係が終わってしまったらあの言葉まで間違いだったような気がする。
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だからまだ好きだと認めたくないのかもしれない。気持ちが小さいからではなくそれを雑に扱われたくないから。
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けど、詳しくなかった日の好き もうまくできなかった日の好き も確かにあった。後から得た知識や結果によって、過去の気持ちに資格が与えられるわけではない。
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好きと言うことは自分がいちばん優れていると宣言することではない。
ただこれが私の心を動かした と伝えること
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鳳条 暦

































