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鳳条 暦

鳳条 暦

(23)

T164 B83(E) W55 H82

 

11:00 ~ 15:00

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電話 050-5448-9022

営業時間 11:00-24:00

  • 05/07 17:01

    め組のおんな

    彼女たちは狩りに行く。 四人の女戦士。三人の男狩り。 夜に向かう女の支度は、どこか戦闘準備に似ている。 強気のアイラインは、立っているときよりも、寝転んだときにいちばん綺麗に見えるように引かれている。眉毛は薄く、やわらかく。 強すぎない顔に見えるように、女々しい男心の逃げ道を少しだけ残している。 涙袋にはラメを散りばめる。昼間なら少しやりすぎに見える光も、暗い店の照明の下では、むしろちょうどいい。 目元だけがきらきらと浮かび上がって、私を見て。と言わなくても、ちゃんと見つけてもらえる顔になる。 彼女たちは強い。しかしただ強いだけではない。 キスしたい。と囁かれたい乙女心を、別に本気じゃないし…という顔で隠している。 本当は可愛いと言われたいのに、簡単に喜ばない女のふりをしている。 2人きりになりたい、と誘って欲しい。それを自分から欲しがっているとは思われたくない。 その矛盾が、少しだけ愛おしい。 女の子たちは、みんな少しだけ演じている。 強くて、余裕があって、傷つかなくて、誰かを落とすことなんて簡単だという顔をして。 でも本当は、誰かの視線に少しだけ救われたかったりする。誰かの言葉で、自分の可愛さを確認したかったりする。 今日の自分が可愛い女であることを、どこかで証明したいだけ。 だから彼女たちは狩りに行く。 獲物を探しているようで、ほんとうは自分を探している。 笑いながら、グラスを鳴らし、誰かの隣に座りながら、強気のアイラインの奥で、少しだけ寂しい目をする。 …彼女たちを目を奪われて作業の手が止まってしまっていたようだ。 ? 鳳条 暦

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  • 05/07 09:30

    【殺し屋の営業術】紫の貴方

    貴方が欲しい。いつもと違う感情を抱きました。 心を刺すような優しい言葉、無邪気に笑う顔、真剣に話してくれる顔も忘れられません。 お勧めしてくれた本は隅々まで読んで、いい子で待ちますから、 どうか私がここにいる間は、何度でも私のところに帰ってきてください 今回は完食!食べるの勿体無いとか言ってられないくらいには美味でした? 自分、甘いものには目がないのです/// ----- ??殺し屋の営業術 仕事と情 完遂には情は必要ないのか? 今回こちらの本を読んだ感想や考えたことを書かせていただきます。 こんなところで書くのもなんですが、お部屋でこんな話ばかりしているわけにもいかないので書いているのかな?とも思います。 部屋ではメインディッシュがあって///私という人間を知ることで、より深い味わいがあるのではないでしょうか? 『殺し屋の営業術』は、野宮有さんの長編小説で、第71回江戸川乱歩賞受賞作。凄腕営業マン・鳥井が、殺人請負会社で命がけの営業をするという設定のクライム・ノベル。講談社の紹介でも、鳥井は殺し屋相手に自分を売り込み「私を雇いませんか?」と商談を始める人物として描かれる。 ? 最初に感じたのは営業と殺し屋という組み合わせの気持ち悪いほどの相性の良さ。殺し屋は人の命を奪う仕事。営業は人の心を動かす仕事。 一見まったく違うように見えるのにどちらも相手を観察し、弱点を見抜き、タイミングを読み、目的を達成するという点では似ている。 だからこそこの物語はただの裏社会ミステリーではなく、仕事そのものの怖さを見せてくる作品だった。 主人公の鳥井は営業成績第1位の凄腕営業マンとして登場する。アポイント先で殺人現場に遭遇し、口封じで殺されそうになるにもかかわらず、彼は命乞いではなく商談を始める。普通なら恐怖で言葉を失う場面で、鳥井は自分の価値を提示する。ここがこの物語の異様な面白さ。 鳥井にとって営業とは単に商品を売ることではない。相手の不足を見つけ、自分が必要だと思わせ、状況そのものを契約に変えてしまう技術なのだと思った。 そして読んでいるうちに、仕事に情は必要なのかという疑問を持った。殺し屋の仕事だけを見れば情は邪魔に見える。迷い、同情、罪悪感、ためらい。そういうものは完遂の妨げになる。けれど、完全に情のない人間に本当に良い仕事ができるのだろうかとも思った。 なぜなら営業には情が必要だと感じるから。相手が何を恐れているのか。何を欲しがっているのか。どんな言葉なら心が動くのか。どこに迷いがあり、どこに決断の隙間があるのか。 それを読むには人間への理解が必要になる。情をまったく持たない人間は人の心を扱えない。この本の怖さはそこにあると思う。人の心を深く理解する力は優しさにもなる。でも同時に武器にもなる。 鳥井の営業術は人を救うためのものではなく、人を動かすためのものだ。そこには誠実さもあるが冷酷さもある。相手のために寄り添っているようで最終的には自分の目的へと導いていく。その姿を見ていると、仕事におけるプロ意識とは何なのか考えさせられる。 プロとは情を持たない人間のことではない。情に支配されない人間のことなのかもしれない。 情があるからこそ相手の痛みがわかる。迷う。 自分が何をしているのかの重さもわかる。 仕事を完遂するにはどこかでその情を横に置かなければならない瞬間がある。断ること。切ること。終わらせること。誰かの感情に引っ張られすぎず自分の役割に戻ること。 『殺し屋の営業術』は極端な設定を使いながら、実はとても現実的なことを描いていると思った。私たちの日常にも小さな仕事と情の葛藤はある。 相手がかわいそうだから言えない。嫌われたくないから断れない。本当は違うと思っているのに場の空気に流される。 逆に仕事だからと割り切りすぎて人の痛みを見落としてしまう。 情がありすぎると仕事は進まない。情がなさすぎると人間が壊れる。だから大切なのは情を消すことではなく情の置き場所を決めることなのだと思う。 この本を読んで強く残ったのは、鳥井の異常な営業力そのものよりも、彼が人の心をどこまで仕事の道具として使えるのかという怖さだった。営業とは相手を喜ばせる仕事にもなれるし、相手を追い詰める仕事にもなれる。言葉は救いにもなるし、刃にもなる。 殺し屋がナイフや銃で人を殺すなら、営業マンは言葉で人を動かす。その違いは大きいようで、物語の中ではどこか紙一重に見えた。 完遂に情は必要ないのか。 読後の私の答えは、必要ないのではなく情だけでは完遂できないというものだった。 情は、人を理解するために必要。自分が人間であることを忘れないために必要。でも最後までやり切るには情とは別に覚悟や責任や冷静さが必要になる。 『殺し屋の営業術』は命がけの犯罪小説でありながら、仕事とは何か、プロとは何か、人の心を扱うとはどういうことかを考えさせる作品だった。 読み終えたあと、私は思った。本当に怖いのは情のない人間ではない。情を理解したうえでそれでも目的のために動ける人間なのかもしれない。 そしてそれは、殺し屋だけの話ではない。私たちが仕事をする時、誰かと関わる時、言葉で相手を動かそうとする時いつも少しだけ問われている。 その言葉は、優しさなのか。 営業なのか。 それとも、刃なのか。 終章の鳥井VS鴎木は、もはや営業ではなく支配。読んでいるこっちまで詰められている感覚? 最後はピンクダイヤモンドの伏線まで鮮やかに回収して、「ノルマ達成」で締めるのがあまりに鳥井。次のノルマも見せてください! 鳳条 暦

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  • 05/06 16:30

    こよ眠

    人が多い。予定を入れなくてもいい。天気もあまり良くない。空気は蒸し暑くて身体にまとわりつく。 どう頑張っても眠たくなってしまう日がある。 熊が巣にこもり暖かい春を待つように。鳥が雨の日に羽を休めるように。 人間にもそういう日があっていいのだと思う。 いつ眠ってもいいのなら眠ってしまおう。絶対の用事がないのなら今日は寝てしまおう。 怠けているのではない。多分。暦に、天気に、湿度に少しだけ押し負けているだけだ。 身体には身体の都合がある。心には心の速度がある。世間がGWだからといって私の中まで金色に輝かなければいけないわけじゃない。 休日の正解みたいな顔をして歩いている人もいるけれど、本当は何もしないことでしか戻ってこない自分もいる。 寝てもダメな時はダメだ。でも寝ないともっとダメな時もある。今日はマイナスに数えない。 これは失敗ではなく生態だ。私という生き物の天気に対する反応だ。 今日だけは自分を責めなくていい。 きっと明日はもう少し動ける。来週は少しだけ遠くへ行きたくなるだろう。来年のGWにはちゃんと予定を入れてるかな。 今日の私は柔らかいベッドに引き込まれてしまいたい。まぶたの重さに逆らわず身体の沈む方へ落ちていきたい。世界が少し騒がしい分、私の部屋だけは静かな巣であってほしい。 起きたら映画でも見よう。何も成し遂げなかった今日の終わりに誰かの物語を少し借りる。 私は私の巣に帰る。 眠ってしまう自分を責めないための、小さな許可証を誰か発行して欲しい 鳳条 暦

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  • 05/05 16:30

    5/7.9 11:00-/13:15-

    GW明けの空き枠のお知らせです? GW、全ての枠を満たしていただきありがとうございます。 紳士様のおかげで楽しい時間が過ごせそうに思います。 明けの7日、9日は 11:00-.13:15-にまだ空き枠がありますので、お時間があればお会いしたいです?? あったかいあったかいので、春服を引っ張り出しました。肩が軽い? 鳳条 暦

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  • 05/05 09:30

    もしもーし

    暦ちゃん最近お客さんにメッセージ書くことあるよね。いいな。ヤキモチ妬いちゃう。 俺には書いてくれない笑 実は俺にも書いています? そういう顔を普段しないのにヤキモチ焼きで、書いて欲しいな〜と駄々こねこねするあたりがとってもキュートですよ/// これ、俺じゃん!ってあまりにも露骨な文はできるだけ避けて(口コミへの返事を除く)書いてるつもりです?? でもまあ、待合もするって言ったのにちょっとタジタジして、新しい髪型を褒めたらニコニコと笑う貴方といるのがとても楽しい?? 流行りも好きも貴方にはよく似合っていますよ。 ちゃんと読んでるかな?笑 月末楽しみにしていますね? これから食べます笑笑食べていないものの日記を書くのはあまりないことです? コーヒーが飲めない私にエスプレッソが食べれるのか? ----- センスなんてものは持って生まれたものではなく、才能でもない。センス=生き方の蓄積だと思います。 髪型も服装も貴方を構成する全ては貴方の人生そのものなんですね??小さな変化に気づける人でありたいです。 ? センスなんてものは、持って生まれた特別な才能ではなく、日々の積み重ねが少しずつ身体の奥に沈んで、自分でも理由を説明できないままこっちのほうが美しいと感じる。 それがセンスなのだと思う。 何を見てきたかであり、何に心を動かされてきたかであり、何を美しいと思い、何を違うと感じてきたかの集積。人生の中で何度も何度も選び直してきた自分の輪郭。 美しいものを見てきた人は、美しい違和感に気づく。深く傷ついたことのある人は、人の痛みを雑に扱わない。本当に寂しい夜を知っている人は、誰かの沈黙を乱暴に破らない。  選択の積み重ねがその人の空気になる。 本当のセンスは、取り繕えない。写真だけではごまかせても、会話には出る。服装では隠せても、食べ方には出る。言葉では飾れても、別れ際の態度には出る。部屋にも、文章にも、人との距離の取り方にも、その人がこれまで何を大切にしてきたかが滲む。 センスがある人と自分にとっての美しさを時間をかけて育ててきた人だ。たくさん失敗して、たくさん遠回りをして、それでも私はこれが好きと言えるようになった人。 人生に対する感度だ。どれだけ自身の目で確かめたか。そのすべてが、その人の選ぶ言葉、空間に現れる。 たくさん見て、たくさん歩いて、たくさん好きになって、たくさん間違えればいい。 センスは生きた分だけ滲み出るものなのだと思う。 鳳条 暦

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  • 05/04 17:01

    まだ名前のない感覚

    音楽を聴くときは音量をかなり大きくする。 耳を完全にイヤホンで塞いで、外の音を入れないように。 それはただ音楽を楽しむためだけではなくて、 外に向きすぎた自分を、一度自分の中へ戻すための作業なのだと思う。 人と話すとき、学校や仕事の中にいるとき、私の中の矢印はいつも外側へ向いている。 あの人はどう思っているのか。今の言葉は正しかったのか。自問自答と反省会が始まる。 そうやって、知らないうちに自分の感覚を外へ外へと差し出している。気づけば、自分の中心が少し薄くなっている。 音楽を聴く。イヤホンで耳を塞いで音量を上げる。外の世界との境界線をはっきりさせる。 音楽が流れた瞬間、周りへ向いていた矢印はゆっくり自分の内側へ戻ってくる。 誰かのために整えていた表情は少しずつ戻ってくる。 自分へ向く矢印が多いほど、人は内向的になるのかもしれない。外の世界とすぐに馴染めなくなるし、大勢の中で軽やかに笑うことが少し難しくなる。 でもその分、深く考えられる。ひとつの言葉に立ち止まれる。人の表情の奥にある寂しさに気づける。自分の心が揺れた理由を、なかったことにしないでいられる。 内向的であることは、閉じていることではない。世界を拒んでいるわけでもない。 ただ、外に流されすぎないように、自分の中に小さな部屋を持っているということ。 音楽は、その部屋の鍵みたいなもの。 音量を上げるほど、世界から離れていくようで本当は自分に近づいている。耳を塞いでいるのに、心は少しずつ開いていく。 音楽が好き。誰かと繋がるためだけではなく 一度ちゃんと自分に戻るため。 ? 鳳条 暦

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  • 05/03 09:31

    羽ばたく宝石

    節目の貴方。会うタイミングがいつもとてもちょうど良いと感じます。 会うまではまだ会えないかな…と長く感じるのに、会ってみればもう1カ月も経ったのね!とびっくりするのです? また来月 と書く、多忙で慕われ者の貴方を、もしかしたらまたすぐに会えるかも!と思う私を許してくださいね。 彦根土産。結構馴染みの深いひこにゃん?そう実は結構馴染み深いのですよ笑 ぬいぐるみとか実は大好きで、ベットサイドにはたくさんの可愛いぬいぐるみたちが積まれています?? ここでもまた白っぽいねこ様多めです。 大人になりきれないのです。 きっとぬいぐるみがないと寝れない? ----- 雲がね、鳥のように見えたのです。 話す鳥もいるらしいですよ? 貴方が教えてくださったハチドリの一滴、実は話自体が途中で終わってしまいます。 どうせなら…と思い少しだけ続きを考えてみました? ??ハチドリ自身が救われる ハチドリは、水を運びながら思っていた。 私は何をしているんだろう、本当は怖い、本当は逃げたい。 しかしそれでも水を運んだ。やがて夜になり、火はまだ燃えていた。ハチドリは疲れ切って、川辺に落ちた。 そこへ、一匹の小さなリスがやってきた。 森は消えないかもしれないね。ハチドリは黙っていた。 リスは言った。でも、あなたを見ていたら、逃げた自分が少し恥ずかしくなった。明日、私もできることを探すよ。 ハチドリは初めて、自分の一滴が火ではなく、 誰かの心に届いていたことを知った。 そして、私は森のために水を運んでいた。でも本当は、自分の心を燃やし尽くさないためにも運んでいたんだ。と思った。 自分にできることをするのは誰かのためだけでなく、自分が自分を嫌いにならないため。そして何もしなかった自分をあとから責め続けないため。自分の良心と仲直りするため。 逃げなかった と言えるようにするため。 全部背負えないことを理由に、何も背負わない人にはならない。 この姿勢が美しい。 _____ 結果の倫理ではなく、在り方の倫理 どれだけ成果を出したか。評価されたか。 そういう物差しではなく、私はその場面で、自分の良心に対して誠実だったかという物差し。 ハチドリは、勝ったから尊いのではなく、火を消したから意味があるのでもない。 負けるかもしれない場所で、それでも自分の心を裏切らなかったから尊いと感じる。 人間も同じで、誰かに優しくしたのに伝わらないことがあるし、正直に生きようとしても損をすることがある。 多分私たちはすぐにじゃあ意味なかったのかな  と思ってしまう。 でも、意味は結果だけにあるんじゃない。 その時間自分がどういう心でそこにいたかというところにちゃんと意味がある。 ? ハチドリは本当は自分自身も救っていた。 弱さを認めながら、それでも自分を無力そのものにはしなかった。 無力であることと何もしないことは違う。 人は自分の無力さに慣れすぎると、心が乾いていく。自分を守っているつもりで、少しずつ感じる力を失っていく。 でもハチドリは感じることをやめなかった。 小さいのに、自分にできることを探した。 世界を救う前に、自分の心を生きたまま保つ行為。 遠くの偉人より近くの賢人。 言葉は真摯たれ。 鳳条 暦

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  • 05/02 17:15

    猫はいつも健康なお手本です。

    戦闘服を脱ぎ捨てる、という言い方は少し芝居がかっている。けれど、放課後のあの一瞬には確かに「任務終了」の空気が漂っていた。 胸元のリボンを外し、結び目の跡が少しだけ残る。きっちりと束ねられていた髪を解けば、空気を含んで柔らかく広がる。制服はそのままなのに、どこか別の衣装に見えてくるのが不思議だ。スカートの裾をほんの少し折るだけで、規則だったものが自分のものになる。 「さぁ、ここからはパーティーの時間だ」 そんな言葉は誰も口にしないのに、足取りがそう語っている。駅へ向かう背中、笑い声の弾み方、わずかに浮き足立ったリズム。夕暮れの街に溶けていくその集団は、どこか別の世界へと滑り込んでいくようにも見える。 一体どこへ行くのだろう。 決まった目的地など、きっとない。コンビニの前でたむろするかもしれないし、どこかのファストフード店でポテトをつまむだけかもしれない。ただ、どこかへ行く というその行為そのものが、彼女たちにとっては特別なのだ。 妙な衝動に駆られる。 野良猫の跡をつけるように、気づかれない距離を保ちながら、こっそり後を追ってみたくなる。彼女たちがどんな場所にたどり着き、どんな顔で夜を過ごすのか、その断片だけでも覗いてみたくなるのだ。 野良猫がふとした角を曲がって消えてしまうように、あの時間のきらめきは追いかけようとした瞬間に、するりと逃げていく。外側から覗こうとした時点で、それはもう同じものではなくなってしまうのかもしれない。 彼女たちと同じ空気を少しだけ共有しながら。届かない距離のまま、その自由さを想像する。 行き先が曖昧だからこそ、どこへでも行ける。名前のつかない時間だからこそ、何にでもなれる。 あの勇み足の正体は、場所ではなく、まだ形を持たない未来そのもの。

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  • 05/02 09:30

    運も実力のうちです

    仕事を休んだことを後悔しない時間に私はできたでしょうか? 貴方にとてもよく似合う爽やかなストライプスーツは、貴方がゆったり過ごす手助けをするでしょう。 夏を感じました。 どこへ行かれたのかまた教えて欲しいです。 アマミノクロウサギさま。大陸から切り離され、島に残された。環境や外敵が違うから普通のウサギとは違う姿のまま生き延びた。 耳や足が短く、ちょっとずんぐりした姿がとても愛らしい? ----- ??努力しなくていい という話ではなくて、人生は自分だけでは決まらないからこそ、自分の一手が想像以上に遠くまで響くという話 ・人生は自分次第という言葉の危うさ 人生は自分次第だ と言われると、一見前向きに聞こえる。努力すれば変われる。選択すれば未来は開ける。諦めなければ道はできる。 たしかに、その言葉に救われる瞬間もある。自分の人生を誰かのせいにせず、もう一度立ち上がるためには、必要な言葉。 しかし、人生にはどう考えても自分次第ではないものが多すぎるゆえに残酷な言葉 人生は、本人の意志だけでまっすぐ組み立てられるものではない。無数の偶然が絡まり合い、その中でようやく自分らしさのようなものが形を持ち始める。 人生は自分次第だ という言葉は、半分は本当で、半分は大嘘なのだと感じた。 ? ・人生は、成り行きの産物である 生物の進化を見ても、歴史を見ても、世界は綺麗なだけの計画によって進んできたわけではない。 生物はこうなるべきだ と決めて進化したわけではなく、たまたま環境に合ったものが残り、たまたま残ったものが次の世界をつくってきた。 歴史も同じで、偉大な人物の強い意志だけで動いたように語られるけれど、実際には天候、病気、地形、噂、偶然の出会いが、何度も世界の流れを変えてきた。 世界は、最初から意味を持って完成されていたわけではなく、後から振り返った人間が、あれは必然だった と物語にしているだけかも。 間には無数の偶然がある。 人生は単純な因果関係では説明できないのに、 人間はそれを説明したくなってしまう。 ? ・人間は、複雑なものを単純化したがる 人間は、複雑なものが苦手だから、世界を二つに分けたくなる。 そのほうが安心できるからで、複雑なまま受け止めるには、世界はあまりに不安定すぎる。 ければ人生は、本来そんなに単純ではなく、良い選択が、必ず良い結果になるとは限らない。 遠回りが、あとから見れば必要な道だったこともある。 人生は一本の線ではなく、無数の糸が絡まった布のようなもので、きっともっと曲がりくねっている。 どの糸がどこで効いてくるのか、誰も知り得ない。 ? ・些細なものが、運命を変える 人生を大きく変えるのはいつも大事件とは限らず、本人すら忘れてしまうような些細な出来事が、後から考えると大きな分岐点だったりする。 そういう小さな点が人生の進路を少しだけ変える。だから人生は怖いが、同時に希望もある。 今の自分には取るに足りないように見える行動も、未来のどこかで意味を持つかもしれない。 人生は、自分で完全にコントロールできないが、自分の小さな振る舞いが誰かの偶然になることはある。 ? ・私たちは何もコントロールしていない 私たちは、自分の人生すら完全には支配できないから、明日何が起きるかもわからないし、誰と出会うかもわからない。 それなのに、私たちは確かに世界に影響を与えているし、そこには自分の限界を認める謙虚さと他者となら変われるかもしれない という希望がある。 ? ・自分次第ではなく、自分もまた一部である 自分ひとりでは決められない世界の中で、私たちは互いに影響し合いながら生きている。 偶然に流されるだけではなく、偶然の一部として誰かに作用し、誰かに出会わされるだけではなく、自分もまた誰かにとっての出会いになっている。 すべてをコントロールできないから、傲慢にならなくていいけど、何かに影響を与えているから無責任にもなれない。 人生は優しいようで少し怖い。自分だけの作品ではない。 もし人生が完全に自分次第なら、他者はいらない。 大切なのは協力、互いに影響しあうこと。 人生は自分次第ではない。けれど、自分の一手は、思っているよりずっと遠くまで届いている。 鳳条 暦

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  • 05/01 21:15

    弱音もたまには吐いてみる

    言えないんです。 たぶん私は、自分からはまだ言い出せなくて。 これからは遊んだ後に私から直接予約もできるし、 次の約束をその場でできるってわかっていても、 絶対その時に決めなきゃいけないわけじゃないって思っていても、 (新しい予約のシステムです??♀?) やっぱり怖いんです。 理由がどうであれ、 せっかく自分から誘って断られたらどうしようって気持ちが、どうしても先に勝ってしまうから。 だから、あなたが誘ってくれたら嬉しい。 あなたから「また会おう」って伝えてくれたら、その時の私は、きっと100%笑顔で頷けます。 また、あなたに会いたい。 私がもう少し素直に、わがままを言えるようになるまでは。 (次回の予定がわかる場合?)どうか、少しだけ私の手を引いていてくれませんか? 鳳条 暦

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  • 05/01 16:45

    君を眺めることしかできない

    朝は、なぜだか座りたくなる。 一日の中でいちばん元気な時間のはずで、立っていることだって苦ではない。それでも、朝だけは座りたいと思う。理由はうまく言葉にできないが、感覚として確かにある。 ドア付近の補助シートが使える時間になると、車内に流れるあの放送に、ほんの少し安心する。ああ、座っていいんだ。と許可をもらえたような気がするから。 座ったからといって、眠るわけではない。スマホを伏せ、目を閉じる。ただそれだけ。 走り出した電車はかすかに揺れる。そのリズムに身を預けながら、どこか曖昧なままの意識で過ごす数分間。 きっと私は、休みたいのではなく、まだ何者にもなっていない朝の自分でいたいのだと思う。 動き出す前の、名前のついていない時間。 そこでただ揺られていたい。 鳳条 暦 ?

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  • 05/01 10:02

    GWのお知らせ?

    GWにお会いできる日のお知らせです。 4(月) 11:00- 6(水) 11:00-、13:15- 3枠のみですかまだ空きがありますのでお会いしたいです?? 他の枠は満たしていただきました。お会いできるのを心より楽しみにしております? 今日はとても考えさせられる手紙をいただきました。 人としてではなく、女性としてどう在りたいか。 私まだきっと伸び代しかないようです? 学校生活が始まって約1ヶ月。 皆様にも心配をかけすぎないように頑張るつもりです? 5月もよろしくお願いします? 鳳条 暦

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  • 05/01 09:30

    空の写真を撮りたがるのは

    年齢の割に落ち着いた印象の貴方様。 試合前の勝利祈願?  黄金の右腕には力が入りすぎないようにπのおまじない。 頼もしい手の温もりをまた感じさせてください。 櫛をいただきました? 何でもあまり差がないものだと思っていたのですが、まだまだ世界は広いように感じます。 値段もきっとわかりやすい価値なのでしょう。 大切に使わせていただきます?? ----- 貴方が褒めてくれた言葉の1つです? 直感的で判断の速い貴方が見つけてくれた言葉についてもう一度考えてみました。  私に少しだけ自信を持たせてくれて、感謝しかないのです?? ??価値の輪郭 価値とは何か。それは最初から物事の中に備わっているものなのか。人間が意味づけることで初めて現れるものなのか。 単なる大切なものの話ではなく、人間はなぜ何かを大切だと思うのか、その大切さはどこから来るのかという話。 価値は、物の中にあるのか、人の中にあるのか 価値は、対象そのものに宿っているのか。 それとも、それを見る人の心によって生まれるのか。 同じ一枚の手紙でも、ある人にとってはただの紙で、別の人にとっては一生捨てられないものになる。紙そのものの成分は変わらない。文字のインクも変わらない。しかしそこに宿る価値は全く違う。 だとすると価値は物と人間の関係のあいだに生まれるものなのかもしれません。 それを見つめる私、それに触れてきた時間、それを失いたくない理由によって輪郭を持つ。 価値とは、物体ではなく、関係性のかたち。 _____ 価値の輪郭は、なぜ最初から見えないのか 本当に大切なものほど、日常の中ではぼやけていることが多い。家族。健康。何気ない会話。帰る場所。自分を否定しない誰か。自由に考えられる時間。 こういうものは、あまりにも近くにありすぎると、価値として認識されにくい。 人間は、存在しているものよりも、不足しているものに意識を向けやすいから。すでにあるものは静かすぎる。 しばしば価値の輪郭は喪失、距離、比較、時間によって初めて浮かび上がる。 _____ 失ってから気づく価値は、本当に価値なのか。執着にすぎないのか。 失った瞬間に美しく見えるものがあります。離れたあとに急に惜しくなる人がいます。終わったあとにだけ、優しく思い出せる時間があります。 それは本当に価値に気づいたのか。それとも、失った痛みが、その対象を美化しているだけなのか。 価値と執着は似ている。どちらも手放したくないと感じさせる。 でも価値は、自分を深くする。執着は、自分を狭くする。 価値あるものは、たとえ手元になくても、自分の中に静かな強さを残す。執着しているものは、手元にないと自分を壊していく。 この違いを見極めることが、価値の輪郭を見るということなのかも。 ? 値段と価値はなぜズレるのか 現代では、価値はよく数字に変換されます。 価格。年収。売上。フォロワー数。偏差値。評価。肩書き。いいねの数。 数字は便利。比べやすいし、説明しやすい。他人にも伝わりやすい。 むしろ人間にとって本当に深い価値は、数字にした瞬間にこぼれ落ちることがあります。 例えば、誰かと過ごした何でもない午後。自分を救ってくれた一文。何度も戻ってしまう場所。理由は説明できないけれど、なぜか好きなもの。値段をつけにくいが、人生の支えになる。 数字で測れないものを、私たちはどうやって守るのか。 現代社会では、見える価値ほど強い。数値化できるものほど評価される。逆に、静かで、個人的で、説明しにくい価値は軽く扱われやすい。 人間の人生を本当に支えているのは、案外そういう説明しにくいもの。 ここに価値の輪郭という言葉の深さがある。 価値は、はっきり見えるものだけではない。むしろ、ぼんやりしているからこそ、自分で丁寧に見つめなければならない。 ? 価値は自分で決めているのか、社会に決めさせられているのか 私は、本当に自分の価値観で生きているのか。 それとも、社会が価値あると言ったものを、自分の価値だと思い込んでいるだけなのか。 人は完全に自由に価値を選んでいるわけではありません。 親の価値観。学校の評価。世間の空気。SNSの反応。友達との比較。時代の流行。成功者の言葉。 影響されながら、私たちはこれは価値があると判断しています。 だから怖いのは、自分が欲しいと思っているものが、本当に自分の欲望なのかわからないということ。 欲しい服。なりたい職業。憧れる生活。付き合いたい人。持っていたい肩書き。見られたい自分。 それは本当に自分の奥から出てきたものなのか。それとも、誰かにそれは価値があると教え込まれたものなのか。 価値の輪郭を探すことは、自分の欲望の出どころを疑うことでもあります。 ここで大事なのは、社会的な価値をすべて否定することではなく。お金も、評価も、肩書きも、必要な場面はあると知ること。 ただ、それらが自分の人生の中心に来すぎると、自分にとって本当に大切なものの輪郭が見えなくなる。 だから問い続ける必要があります。 これは、私が本当に大切にしたいものなのか。 それとも、大切にしないといけないと思わされているものなのか。 ? 変わってしまった価値は、昔の自分への裏切りなのか。成長なのか。 例えば、昔は絶対に手放したくないと思っていた夢を、今は少し違う形で見ている。 昔はあんなに大切だった人と、今は距離ができている。昔の自分が信じていた正しさを、今の自分は少し疑っている。 それは薄情なのか。それとも、生きてきたからこそ見えるものが増えたのか。 変わらない価値だけを本物とすると、人は過去の自分に縛られます。 大切なのは、そのときの自分が何を大切にしているのかを、誠実に見つめること。 ? 意味がないものにも、価値はあるのか。 例えば、ただ空を見ている時間。誰にも見せない日記。無駄話。寄り道。理由のない好き。 効率の悪い優しさ。 社会的には意味が薄いかもしれないが、人にとってはこういうものが、心を保つために必要だ。 価値とは必ずしも役に立つことではない。 役に立つかどうかを超えて、自分が人間として息をしやすくなるものに価値は宿るのかもしれない。 ? 価値の輪郭がぼやけるとき 価値が見えなくなる時期があります。 何をしても響かない。何が好きだったかわからない。周りの価値観に合わせているうちに、自分の感覚が鈍っていく。 価値の輪郭を見るには、心に余白が必要です。 急かされているとき、比べ続けているとき、傷つきすぎているとき、人は自分にとって大切なものを見失いやすい。 _____ 問いとして残すなら、こんなものがある。 私は、本当に価値あるものを見ているのか。 それとも、価値があると教えられたものを見ているだけなのか。 私が手放せないものは、私を自由にしているのか。それとも、私を閉じ込めているのか。 失ってから大切に見えるものは、価値なのか。 それとも、喪失が生んだ幻なのか。 誰にも説明できない大切さを、私はどこまで信じられるのか。 価値の輪郭をはっきりさせることは、その価値を守ることなのか。それとも、言葉に閉じ込めてしまうことなのか。 たぶん、価値は完全には説明しきれない。 説明しきれないからこそ、価値なのかも。 ただ、自分の心が何度も戻ってしまう場所がある。忘れようとしても、どこかに残っているものがある。それに触れると、自分の輪郭まで少しはっきりする。 そこに、価値の輪郭がある。 その輪郭を見つめることは、自分の生き方を選び直すことなのだと思う。 鳳条 暦

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